ストラヴィンスキーのバレエ音楽「プルチネッラ」①

おはようございます。
指揮者の村中大祐です。
今日も素敵な一日をお送りください。

さて、本日から少しずつ演奏会で取り上げた大好きな作品、
ストラヴィンスキーのバレエ音楽「プルチネッラ」の全曲を
お送りいたします。

この作品はもともとパリでディアギレフという
プロデューサーが「ロシアバレエ団」を結成していた頃に
ストラヴィンスキーに委嘱された作品です。
一世を風靡したこの有名なバレエ団のために
書かれたものですが、どちらかと言えば、
バレエで見るより音楽だけの方が楽しいです。
かの有名なスペイン人画家のパブロ・ピカソが
舞台美術やコスチュームを担当したこともあって
その絵画をモチーフとしながら
ストラヴィンスキーの素晴らしい発想を味わうのも
ひとつの楽しみ方です。

ストラヴィンスキー?えっ?嫌だ、と思われる方も
これはお楽しみ頂けること請け合い。
横浜の街の音、街の色を表現するつもりで
プログラムした中の一つなのです。
みなとみらい地区を想像してみてください。
横浜の港に見える新しいイメージにピッタリだとは思いませんか?

是非とも楽しんで聴いてみてくださいね。
今日はその第一部。(2分ほどです)

まずはこちらからどうぞ!
演奏は村中大祐指揮Orchester AfiAです。

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クラシックを知らないで損をしている貴方へ。

画像の説明
茶会でお話しているのは
今年になってからはリーダーシップ論だ。

FMヨコハマでは音楽についてお話できるよう
何かとテーマを決めていたのだけれど

時間も短いことから、お話する内容が限られてしまう。
それも何かと勉強にはなったのだけれど

やはり同じお話するなら、もう少し突っ込んだ話がしたい。
そう思いながら、この「音のソムリエ茶会」を始めてみた。

やってみると意外に発見が多い。
お客様をお相手に、何かと話を進めていきながら
出てくる話題は、それぞれの生き方みたいなものだろうか。

別にそれを得意にしているわけでもないし
話をしながら、互いが鏡のような役割を果たすのかもしれない。

いつしか、音楽からリーダーシップ論に。
そうやって出来上がって来たテーマなのだ。

実は海外との仕事や滞在が25年を超えていることから
意外に貴重な情報や体験をすることができていて
そのアウトプットをしなければならない時期に入っていると思う。やはりアウトプットをしなければ、次の重要なチャンスも自分の中には入ってこないわけだ。

1990年に渡欧した際、もちろんそれはベルリンの壁が崩れた直後にウィーンという旧東独よりも地理的には東側に位置する
オーストリアの首都に留学したわけだ。

当時はまだ「共産圏」という言葉があって(今はもうないと思う)、ソビエト連邦やチェコ・スロヴァキア(今は両者が独立しているが)、東独やハンガリーの影響から、ウィーンという街は完全に社会主義的な匂いを残した街だった。

それが瞬く間にドイツ資本、アメリカ資本によってガラッと雰囲気が変わって行った。

僕たち音楽家の注目は、まさにそんな状況下でベルリンやウィーンの指揮者がどのような音楽をするのか?というところに集まっていて、カラヤンが88年に天寿を全うしたのち、89年にアッバードがベルリンのシェフに選ばれると、90年にはウィーン国立歌劇場の舞台から徐々にベルリンへと移行していく様子が手に取るようにわかった。

今でも覚えているのは、アッバードのブルックナー4番、5番の録音やツアーがウィーン・フィルと行われていて、最初に見せてもらったリハーサルというのは、誰もいないウィーン楽友協会大ホールでの第4番「ロマンティック」のリハーサル。そして印象的だったのは、ホールに響きわたる天上の調べのような、最初のホルンの音だった。ヴェルディの「ドン・カルロ」は5幕版を準備していったら、始まったのは通常の4幕版の公演だったのを昨日のように思い出す。

そんなことがあって、90年にはアッバードはまだウィーンにいたけれども、ベルリンが彼を必要としていたわけだ。

ちょっと戻るが、88年にカラヤンが他界して、89年にアッバードがベルリンのシェフに選ばれると、その後壁が崩れた事実に、当時は何とも思わなかったが、実際アッバードがカラヤンの後継者として終身芸術監督としてベルリンに留まらなかった事実は、極めて大きくヨーロッパ社会から受け止められていたように思う。

その後のラッツィンガー(ベネディクト16世)がローマ法王を辞任したのもしかり。また次にベルリンのシェフとなったサイモン・ラットルも然り。そして天皇陛下が生前退位をされることになる。

別に指揮者がそこまで大きな影響を与えるとは、誰も思わないかもしれないが、日本と違って世界では、指揮者の社会に与える影響力は計り知れない。

因みに2018年、ベルリン・フィルのシェフが変わることが
正式に決まっている。つまり私たちの将来が変わる分岐点になるような気がしているのだが、あなたはどうだろうか?

そんなお話をしながら、いかに毎日の生活に音楽が重要か。
クラシック音楽というものを知らないで損をしているか?
ということをお話する機会になっているのが、
実はこの「茶会」なのかもしれない。

次回の茶会は5月14日(日)15時からだ。
知らないで損をしないためにも、一度試してはいかが?

〆切は4月28日、あと4名ほどお席がございます。
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リーダーのカタチ、もう変わってるのに気付いてる?

画像の説明
明日4月9日(日)15時から「音のソムリエ茶会」でお話しする内容は、まあ言ってみれば、「指揮者の変遷から見た21世紀のリーダー像」みたいなものだ。

これまで「継承と創造」について、割合に詳しくお話してきた。
それはそれで、自分の経験に基づいたストーリーがあるからこそお話ができるのであって、誰かから何かを受け継いだハッキリとした記憶というか意識がないと、なかなかに気が付けないものだと思う。

私はウィーン時代に大指揮者、ブルーノ・ワルターのスコアを研究し、その殆どすべてを自分のスコアに書き写す作業を、指揮科の授業をさぼってやっていたことがある。半年くらいはかかっただろうか。

そんなある時、ひょんなことから亡くなった指揮者のカルロス・クライバーにお会いしたこともある。そのスコアの存在を知っていたクライバーが、やはりワルターのスコアやパート譜を研究に来ていたのだ。

私はワルターのマーラーのスコアに時折出てくるflott(速く)という言葉やwarm(温かく)と言った表情を指し示す書き込みを見ながら、本当に当時感激していた。

でもこの作業から得られたものは、意外にももっと別なところにあった。

ワルターのいくつかの書物や、マーラーについての伝承を読むにつれ、ワルターがいかにマーラーから多くを得たかを思い知ったし、ワルターが指揮したモーツァルトのドン・ジョヴァンニのザルツブルク音楽祭での録音や、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場での録音を聴いてみると、いかにワルターが素晴らしいモーツァルトの伝統をマーラーから受け継いだかがわかるというものだ。

それを受け継いだのは、実は他でもない、日本人のある世代には熱狂的に受け入れられているカール・ベームである。

指揮者にはもう一つの重要な流れがある。

マーラーとニューヨークで覇権を争ったトスカニーニに端を発した指揮者像だ。実はこのトスカニーニ、マーラーをある意味ニューヨークで追い落とし、アメリカでも大成功を収めるのだが、ナチスがドイツで政権を掌握するまでは、ヨーロッパの覇権は彼の手中にあった。

フルトヴェングラーの名前が出ないので、おかしいじゃないか、と言う方もおられるだろう。だが、フルトヴェングラーはある意味ワインガルトナーやマーラーと同じく、作曲家兼指揮者の部類であり、少し流れが違うというのが私の見解である。

トスカニーニの事実上の継承者と言えば、メトロポリタン歌劇場で20代半ばからワーグナーの指揮を一手に任されていたエーリッヒ・ラインスドルフの名前が挙がる。彼のワーグナーを聴くことは、ある意味トスカニーニのワーグナーを聴くに等しい。
彼がザルツブルク音楽祭でトスカニーニのアシスタントとして動きながら、その後ボローニャ歌劇場で指揮をしていたことは、何よりの証拠である。そしてもう一人、ゲオルク・ショルティがいるが、ショルティはむしろヨーロッパで、戦後ユダヤ人として独自の地位を築き、その姿は同じユダヤ人のラインスドルフとは対照的だ。いずれもトスカニーニの影響を色濃く残した指揮者だという意味で、「継承者」なのである。

ナチスドイツに加担したフルトヴェングラーとカラヤンは、いずれも戦後活動停止処分となるが、二人ともイタリアを極めてよく知る指揮者として有名である。
フルトヴェングラーは父親が考古学者ということもあり、成長期のかなりの時期をイタリア・ローマで過ごしている。

またカラヤンはその戦後の演奏停止状態の間に、イタリアのトリエステで旅行ガイドをやりながら生計をたて、かつてのレパートリーの習熟に務めたという。

私がトリエステに90年代に仕事に行った際、ヴェルディ歌劇場のデ・バーンフィールド男爵と知り合ったが、男爵はカラヤンと昵懇の間柄で、彼がカラヤンをミラノ・スカラ座の芸術監督で指揮者のヴィクトール・デ・サーバタに紹介したことは、周知の事実である。カラヤンは実は、ミラノから戦後の逆転劇を開始するのだ。

このカラヤン以前とカラヤン以降で、指揮者像がどのように変化し、現在の潮流がどのようなものであるか。
これを知ることは、極めてこれからの世の中の変化にとって重要な話となるように思う。

ある特定の指揮者のポストが、これまで現代社会に与えて来たインパクトがいかに大きいものであるか。

因みに一つの例をお話しよう。

現ローマ法王の前任者は、実は辞任しているのをご存知だろうか?

その前に重要なポストを辞任したのは、実はベルリン・フィルの常任指揮者、クラウディオ・アッバードである。

カラヤンの時代、ローマ法王とベルリン・フィルの常任指揮者は
終身制であったのだから、アッバードが体調を理由に次の指揮者に常任指揮者の職務を引き継いだ、ということは、実は革命だったと言える。

貴方はその時代の変化に気が付いていただろうか?

そんなお話を中心に進めていくので、是非ともお楽しみに。
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桜の木の下には。。。

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安吾を知る人は多いと思う。
僕は安吾を知らずに20歳ごろまで過ごしていたが
当時付き合っていた女性が慶応の文学部出身で
広告会社に勤める人だったからか
しきりに安吾を勧められたので読んでみた。

もうかれこれ数十年前の話だが、その時の感覚は
今でも体に残っている。
別に読み返そうとは思わないが
「日本というもの」の所在がわかったような
そんな気がしたものだ。

怪奇的なもの。
日本人は昔から夏になると
お墓で肝試しをしたものだが
そんなことをやるなんて、
今では想像もつかなくなった。

時代は変わったのだ。

でも本質的に変わらないものは
日本の自然。
そして花見の桜に、その下で遊興するひとびとだ。

でも彼らが安吾を知っている確率はどのくらいだろうか。
もし読んでいたなら
ひょっとして花見するに留まり
桜の木の下なんぞで酒を酌み交わすことはしないのではないか。

その位私たちの日本に対する感覚も希薄になったのでは?

日本って何か。
そういう問いに真向から答えてくれるのは
ひょっとしたら安吾ではないか。

桜と生命。
儚い桜のいのちを愛でる心とは。
いつもこの時期になると思うことだ。

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ニュースレターMuranplanetは4月創刊。今なら6,000円もお得!

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昨日アーカイブを整理していたら
1996年11月ににBassano del Grappa(バッサーノ・デル・グラッパ)オペラ・フェスティヴァルでペーター・マークと交互に指揮したモーツァルトの歌劇「魔笛」の録音が、まるで目の前に飛び出して来るように現れた。

そこでこの録音の使い道を考えて、4月末から年6回発刊する「ニュースレターMuranplanet指揮者村中大祐の世界」の
第一回の付録として、私の解説付きCDとしてお贈りすることにした。

解説をしてみて気が付いたのは、まさにFMヨコハマの「ドルチェ・カンタービレ」の、本格的な続編が出来上がったこと。
残念ながらお相手は最初はいないのだが、これからはお相手も交えてお話を録音し、皆様に聴いて頂けると思うと、胸がわくわくする。

このニュースレターにはそのほかにも以下の対談が付いてくる。
1.各界のリーダーやトップランナーとの対談録
2.伝説的な録音について録音評
3.30分の付録CD

そしてこの上に第一弾CD「メンデルスゾーン交響曲第3番スコットランド&弦楽八重奏曲」と第一回AfiA演奏会「海、そしてゲーテの見たもの」のCD-Rがプレゼントされる。(あと20名ほどで特典は終了。)

まあ、こんな感じだ。ちなみに来週くらいまで(まだはっきり決まっていませんが)にお申込みの方は6,000円お安く年間購読ができるので、お急ぎください。来週辺りから6,000円値上げということもあって、今からの方がお得。

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