オタクのつぶやき②「器用の損、急がば回れ」

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From:村中大祐

自分の勝ちパターンを知ることは
意外に難しいのかもしれない。
その証拠に多くの人の勝ちパターンと言えるものは
大抵似たり寄ったりで
オリジナルと言えるようなものを
聞いた試しがない。

私がこれまで出会った
外国で出会う人達の勝ちパターンの多くは
オリジナルなパターンが多いように感じる。
彼らは総じて人の真似をしたがらない。
自分は自分、という境界線がハッキリしている。

でも誤解しないでほしいのだが、彼らも
人の真似をしたくないワケではない、と思う。
だが残念ながら、それほど器用ではないのだ。

つまり真似したくても「できない」から
自分のやり方で「やるしかない」のだ。

そうなると、必然的に自分のやり方を見つけ
それを定着させるために
七転八倒することになる。

でもそれが良いのだ。
そこで自分の要素を一通り卓上にひっくり返して
全体を俯瞰する立場を取れるわけだ。

器用さというものの特徴を考えてみたとき
ポイントを抑えるのが上手なことや
時間があまりかからなくても
物事を習得できる点などが挙げられる。

でもそれは利点ばかりではないように思う。

不器用な人間が直面し、解決してきた問題を
仮に器用な人間が一生知らずに生きるとなれば
それは豊かさと言えるのだろうか….

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オタクのつぶやき①「勝ちパターン」

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From:村中大祐

わたしは自分がオタクだったとは知らなかった。

「オタク」と言われれば毛嫌いするような感触。
何か知識しかなくて、本質を見ない人間。

そんな風にオタクを見ていたけれど
自分がオタクだと言われてみれば
それなりに納得してしまう。

私はこれまでオタクというのは
偏狭な考え方を持つ人間に
当てはまる言葉だと思っていた。

でも考えてみれば
自分の物の見方や思考のプロセスは、
自分がこれから立ち向かおうとする対象について
一通り全ての地図を描いてみてから
自分に合ったやり方を探していく。

その地図が描けないときは
手は出さない。

どうやって地図を描くかというと

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コスモポリタンの勧め⑫「言葉は行動よりも強し」

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From:村中大祐

私の最初の外国体験は20歳前後の頃のこと。
ウィーンという街に夏の3週間を過ごした。

もちろん最初の体験だから
言葉もわからず、
見るもの、感じること、
そのすべては「違い」にフォーカスされる。

今思うと当時の自分のなかで
ウィーンという街を見た最初の印象は
以下の2点に集約されるように思う。

1.街がバロック(ロックではない)で違和感。
2.マネキンが獣に見える。

この2つ。
街の空気感には昔から敏感だったとは思わないが
ウィーンの独特の空気を感じた若い魂は
そのそっけなさと、無機質を
「日本の方が優れている」と思った。

そして「そっけなさと無機質」の理由は
バロック様式の建物からくる部分もあるのではないか、
と思ったりもしたが、これは行ってみた方なら
ひょっとすると理解できるかもしれない。
(多くの方はウィーンを「美しい」と表現するが
私は美しいとは思わないから、感じ方も千差万別だが。)

マネキンについては、
ショーウィンドウにおいてある女性の人形が
「ああ、これがウィーンの女性か」と
思わせるものだった。

実際にお店に入ったときに感じる応対は
女性がひどく男性的で、
「お前、ここに何しに来たんだ!」
と言わんばかりの言葉遣いでやって来る。

これで物が売れるのか?と
本気で感じる毎日だった。

そのくらい人間が発する言葉の乱暴さは
強烈にこころに残る。

他の国ではその後もあまり感じたことのない
不思議に「高圧的」とも言える言葉遣い。

その背後にある彼らの持つ意識を
思わず考えさせられた。

ウィーンという街は古くは
オーストリア・ハンガリー二重帝国の
栄華を極めたとは言え

現在は何とはなしに田舎くさい
街としての印象は拭い去れない。

そんな場所でプライド高く生きるのが
彼らの今を支えているのかもしれない。

「わたしたちは音楽の都、そしてヨーロッパの中心」
そんな意識かもしれない。
それがウィーンの中に「私が」感じた第一印象。

でも素晴らしい体験もある。

当時ウィーン市内の公園で
ある日疲れをいやすために音楽を聴きながら
ぼーっとしていたら

どうやら財布を落としていたらしく
後から気づいて警察に行くと
ちゃんと自分の財布が届いていた。

中身は何も触られていない。
そんな体験もあったから
必ずしもネガティブな記憶ばかりではない。

ただ、こういった体験の中で
自分の脳裏に焼き付く思いというのがあって
それはやはり発せられた「言葉」の方が
印象が強いわけだ。

言葉というものは
実際のエピソードよりも印象に残る。

外国に行ってみて
そのことは特に強く感じたことかもしれない。

今日も素敵な一日を!
ヨコハマの自宅から
村中大祐

追伸:
もうすぐニュースレターNo.2が出来上がる。
テーマは「カラヤンの仕事術」。
カラヤンについて語られた証言の多くは
彼が指揮者だけでなく
経営者としても十分にその才能を発揮していたことだ。
多くの人間がカラヤンをリーダーとして
認知していたことは
衆目の一致するところだった。

その彼の仕事の仕方。
交渉の仕方は極めて刺激的で
実は私も、そこから多くを学んできた。

例えばカラヤンがポートレートを
写真家に撮らせる際、気を付けていたことがある。
それは自分の顔を撮る角度だ。

彼は決して気に入らない写真は許可しなかったし、
何より「自分の顔をどちらから撮影するか」
について、舞台の下手から撮影することを
指定してきたという。(顔の左側から撮影することになる)

このエピソードでも思うのは
カラヤンという人間は
自分の弱みや強みを把握しながら
その強みにフォーカスすることを
徹底した人だったということ。

彼から学べることには
アントレプレナーや個人事業者、
そして自分の城を守ろうとする社長たちが
知っていて間違いなく有益なものが多い。

そして何より
マーラー以降の指揮者の系譜から見えてくるのは
カラヤンを起点に
カラヤン以前とカラヤン以降で
リーダーの形に大きな変化があったということ。

それは取りも直さず
世界の今後を占う大きなカギともなりうるということ。

指揮者の動向に注目するのもいいが
むしろそこから今後の世界が読み取れる方が
よほど興味深いというもの。

そんなお話を続けていくつもりだ。
創刊号からお読みいただける年間購読には
30名様先着のみ限定で以下の2つの特典が用意されている。

ひとつは年6回の購読が6,000円お安くなる話。

もう一つは
村中大祐指揮Orchester AfiAの第一回演奏会のCD-Rが
プレゼントされるということ。
こちらはAfiAでは5000円で販売しているもの。
その記念すべき浜離宮朝日ホールでの公演ライブ録音
年間購読の方に特別にプレゼントする企画。

詳細・お申込みはこちら↓から。
https://spike.cc/shop/user_956153619/products/Swfse5oJ

別売りはこちら↓からどうぞ。
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コスモポリタンの勧め⑪「宇宙とつながる」

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From:村中大祐

その昔、留学中のウィーンではよく
映画のレイトショーを友人の
オランダ人&ドイツ人のカップルと一緒に
観に行ったものだ。

ウィーンでは年に一度、
Wiener Bal「ヴィーナー・バル」と言って
舞踏会のシーズンが始まると
皆がこぞってウィンナーワルツを踊るために
2週間か3週間、付け焼刃なのだが
ワルツを踊る手ほどきを受けに
上手な友人宅に集まったりする。

みんながそんな時期は
どういうわけか
そわそわし始める。

それもまた楽し。

そこで知り合ったのが
オランダから来たアントロポロゾフ
(つまりシュタイナー学校教師)のヨハンネスと
ベルリン出身のコルポテラポイト(身体テレピスト)の
エレナのカップルだった。

互いにウィンナー・ワルツを踊るのが下手で
互いの下手さを笑いながら
段々と仲間になった覚えがある。

それから私たちは
よく一緒に映画を観に行く友人になった。

当時オーストリア放送協会ORFのテレビでは
ゴールデン・タイムともなれば
ドイツ生まれの「ハリボ」という駄菓子が
スター芸人によって大々的に宣伝され

私たちも、どちらかと言えばポップコーンより
ガムのようなハリボを食べながら
映画を観るのが習わしとなった。

ウィーンでは
ご存じの方も多いだろうが
街の映画館というのは
普通に昔の劇場、つまり演劇の舞台を改装して
映画館にすることが多かったから
それはもうある意味
映画を映画館で観るというのが贅沢に感じた。

そして観劇が終わると
街に繰り出し
旨いビールを片手に
ヴィーナー・シュニッツエルを食べる。

それが私の週末の友人たちとの過ごし方だったように思う。

そこでヨハンネスが教えてくれる
シュタイナー学校の意義や
ルドルフ・シュタイナーの「神智学」についての
さまざまな話を聞きながら
「ああ、こういう考え方を持ったヨーロッパ人が
歴史上に存在したんだ。」と感慨もひとしおだった。

昨夜レイトショーで
久しぶりにヨーロッパで観るような
素敵な映画を観た。

別にハリウッド映画だから
ヨーロッパはどうでもいいのだけれど。

でもウィーンを思い出すほどの
素敵な映画だった。
「メッセージ」という邦題。

ある女性言語学者が
宇宙から来た異星人の言葉を解読し
彼らとコミュニケーションをとって
地球を救う物語。

そこに掲げられたテーマは
共時性、時間の概念
引き寄せの法則
世界はひとつ
宇宙はひとつで互いに関係し合い
新たな叡智を互いに共有し合うということ。

人間の脳は
その大部分がまだつかわれずにいる、
というのが通説だが

ひょっとすると
それは時間の概念が
私たちを縛るからなのかもしれない。

そんなことを考えさせられた。

今世界で起きている出来事は
世界というか宇宙が本当の意味で
つながりを得ていくための
プロセスのような気がする。

そんなとき、多言語を知る、ということは
発想や現実をブレークスルーしていくのに
とっても有効であることを
暗に教えてくれる映画となった。

ロードショー公開しているので
お近くの映画館でどうぞ。

素敵な一日を!
ヨコハマの自宅から
村中大祐

追伸:
もうすぐニュースレターNo.2が出来上がる。
テーマは「カラヤンの仕事術」。
カラヤンについて語られた証言の多くは
彼が指揮者だけでなく
経営者としても十分にその才能を発揮していたことだ。
多くの人間がカラヤンをリーダーとして
認知していたことは
衆目の一致するところだった。

その彼の仕事の仕方。
交渉の仕方は極めて刺激的で
実は私も、そこから多くを学んできた。

例えばカラヤンがポートレートを
写真家に撮らせる際、気を付けていたことがある。
それは自分の顔を撮る角度だ。

彼は決して気に入らない写真は許可しなかったし、
何より「自分の顔をどちらから撮影するか」
について、舞台の下手から撮影することを
指定してきたという。(顔の左側から撮影することになる)

このエピソードでも思うのは
カラヤンという人間は
自分の弱みや強みを把握しながら
その強みにフォーカスすることを
徹底した人だったということ。

彼から学べることには
アントレプレナーや個人事業者、
そして自分の城を守ろうとする社長たちが
知っていて間違いなく有益なものが多い。

そして何より
マーラー以降の指揮者の系譜から見えてくるのは
カラヤンを起点に
カラヤン以前とカラヤン以降で
リーダーの形に大きな変化があったということ。

それは取りも直さず
世界の今後を占う大きなカギともなりうるということ。

指揮者の動向に注目するのもいいが
むしろそこから今後の世界が読み取れる方が
よほど興味深いというもの。

そんなお話を続けていくつもりだ。
創刊号からお読みいただける年間購読には
30名様先着のみ限定で以下の2つの特典が用意されている。

ひとつは年6回の購読が6,000円お安くなる話。

もう一つは
村中大祐指揮Orchester AfiAの第一回演奏会のCD-Rが
プレゼントされるということ。
こちらはAfiAでは5000円で販売しているもの。
その記念すべき浜離宮朝日ホールでの公演ライブ録音
年間購読の方に特別にプレゼントする企画。

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カラヤンから学ぶこと③

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From:村中大祐

カラヤンの仕事術。
それについてこのところかなり長い原稿を書いていた。
もちろんニュースレターNo.2のためだ。

このところカラヤン指揮ミラノ・スカラ座における
ワーグナーのオペラ作品のライブ録音が発売されて
「トリスタンとイゾルデ」や「ワルキューレ」が
聴けるようになった。

そのうちの「トリスタン」を聴いて思ったことは
何とスコアや伝統的な解釈を知らず、
歌手の息について考えないで指揮しているか?
ということだった。

正直、これは意外だった。

カラヤンと言えば根っからのオペラ指揮者で
その下積みの時代、つまり地方の歌劇場の
徒弟時代を経て、見事なレパートリーを築き上げ
オペラの演出と指揮の両方を受け持つ
まさにオペラの理想を体現する人

というイメージだったため
こんなに酷いトリスタンを聴いたのは
後にも先にも初めてで正直驚いたのだ。

この1959年のスカラ座と言えば
ビルギット・ニルソン、ヴォルフガング・ヴィントガッセン、
ハンス・ホッターにロッセル・マイダンというソリスト。
おまけに水夫はアントン・デルモータでクルヴェナルは
グスタフ・ナイドリンガーという超豪華キャスト。
当時このキャスト以上は望めないほどのもの。

でも指揮が酷い。
ミラノ・スカラ座のオーケストラは
トリスタンをよく知っているはず。
実際にこの数年前にミラノで演奏された
ヴィクトール・デ・サーバタとの録音は
歴史的録音として素晴らしいものだ。
だからオーケストラが悪いとは考えられない。

だがカラヤンの指揮するテンポは
歌手の息をまったく考えていないし
定石のテンポの変化など全くお構いなしで
ある意味楽譜通りに指揮しているだけ。

時間がなくてリハーサルを1幕はほとんどしていないのか。
そう思わせるが、イタリアのプロダクションは
オーケストラの準備にはドイツより入念だ。
時間をかけて臨むはず。

だとすれば。。。問題は?
なぜこうなったか?

それはカラヤンが指揮だけでなく
演出をしたからではないだろうか。

ではカラヤンが指揮者として演出をした一番大きな理由とは?
ニュースレターでは、そんな側面にも光をあててみた。

ところで、同じようにオペラを得意とした指揮者が
ヨーロッパやアメリカでは普通だったが
中でもハンガリーからアメリカに移住して
シカゴ交響楽団の一時代を築いたフリッツ・ライナーは
バーンスタインをカーチス音楽院で教えたことでも
有名な指揮者だが、あるインタビューで
こんなことを語っていたのを聞いたことがある。

「マエストロ、あなたはコンサートホールと
オペラ座のどちらがお好きですか?」
という質問に答えて

「コンサートをやっていると、オペラが指揮したくなる。
オペラを指揮していると、コンサートに戻りたくなる。」

まさに私も同じような感覚がある。
ないものねだり、というのが人間の本性である。

でもカラヤンの場合は特殊だ。
彼は通常指揮者が求める「音楽を深める」ことよりも

「自分の理想を実現する」ことに重きを置いた。
それは「音楽」という表現手段のみならず
「舞台」全般。つまり演出から衣装、舞台美術、照明までの
すべてに亘る分野だ。

本来なら決められた枠のなかで仕事をするはずの
オペラのカペルマイスター(劇場指揮者)が
演出からキャスティングまでのすべてを司る。

そうなって初めてカラヤンは自分の理想が実現できると
考えたわけだ。

雇われ指揮者でもなく、単なる音楽監督でもない。
総合芸術家、カラヤンの面目躍如だ。

だからと言って「音楽」をおろそかにしてよいわけもない。
だがカラヤンは音楽をするとき
むしろ別次元の発想で指揮をしながら
自分がどう見えるか?聴衆が心理的にどう聴いているか?
そういったことに一番興味があったようだ。

だから「音楽を深める」ということより
音楽を「演奏し聴く」現象そのものを理解しようとしていた。
だからある意味他の指揮者がするような
「深める」ことなど、どうでも良かったのではないか。

そこがカラヤンが指揮者としてより
むしろ「リーダー」として才覚があったと
私が思う理由だ。

彼はものを見る視座が普通とは違った。
経験のなかで得たものは
すべて使い切った。

そして経験を更にブラシュアップするためには
音楽自体をも犠牲にしたのだと思う。
だから単純に音楽家としての評価だけでは
カラヤンを本当の意味で知ったことにはならないのだ。

そういう興味でニュースレターを書いてみた。
是非読んでほしい。

素敵な週末を。
ヨコハマの自宅より
村中大祐

追伸:6月23日~30日までNo.1、No.2を個別販売いたします!
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