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【求めているのは音楽による癒し】(2016年3月のメルマガより)

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横浜の自宅から

「村中さん、あなたは指揮者だってね。私はこれまで指揮者には逢ったことがないけれど、指揮者なんてスゴイですね。」

これは日本ではお馴染みのフレーズ。ちなみに海外ではあまりこういう話はされないから、名刺を交換するとき本当にびっくりしたものだ。

実は指揮者は機能。だからスゴクはない。皆が「スゴイ!」、そう思うとするなら、その人は恐らく指揮者の本当の姿や意味を、あまり良くは知らないからだろう。

その辺の誤解を解くということは、きっと日本の将来のためになるような気がしている。だから僕にとってこの手のエピソードは、正に今後の課題、そして責任のような気がしている。

この例のような質問をする人達は、不思議なことに決まって同じセリフを続けるのが一般的だ。

「でもね、村中さん、わたしたちはクラシック音楽はちょっとね。難しくて分からないし、ゴメンなさいね。」決まってこう付け加えられると、正直その場に居るのがバカバカしく感じられる。すごくバカにされた感じがするからだ。話す前からこちらのことを知っているとでもいうのだろうか。

実はこういう会話はかれこれ15年以上も続いていて、自分の感覚がマヒしてきたかと思うと、正直怖くなる。
いかんいかん。これではいかんのだよ!

でも皆が同じではない。ご自分の仕事と比べながら、音楽の世界を想像して質問を下さる方もいて、それはとても素敵な出会いに発展する。

そもそも音楽をわかる、わからない、と云々するのはやめた方が良い。
「音楽とはわからない」ものなのだ。

「村中、お前さあ、音楽とはわからないもんなんだよ。」
これは僕の東京外語時代の師匠、作曲家、尾高惇忠氏の言葉だ。
有名な尾高兄弟の兄上で、ある意味僕の日本での唯一の師匠とも言える。

因みに尾高先生宅は葉山にあって、御用邸からは徒歩数分の距離だから
よくお忍びで皇后陛下が来られたりする、そんなエラーい先生なのだ。
そんな尾高先生が言うのだから、「音楽がわかるもの」だと思うのは
ハッキリ言って間違いないのだ。

「音楽とはわからないもの」

ちょうど外語大の学生の頃は師匠と二人、よくそんな話をしたものだ。

僕の中学時代は、我が家で「音楽禁止」条例が出ていた。
従って尾高先生に師事するまでは
独学で19歳まで勝手にピアノを弾きまくっていた。

その間ジャズからフュージョン、ハードロックから歌謡曲まで
何でも弾いては楽しんできたから
「わかる」かどうかは重要ではなかった。

音楽を測る物差しとは、「楽しいかどうか?」だったような気がする。

それ以前と言えば、
小学校の頃は天使のような声(ボーイソプラノ)を持っていたので
その声で合唱を愉しんでいた。
ただし声変わりと共に、バリトンの声で
宇宙戦艦ヤマトの主題歌を歌うのが関の山となって
ボーイソプラノのアクロバティックな楽しみは
ものの見事に消え失せてしまった。

ロンドンから送ったビデオレター、ご覧頂けただろうか。
その冒頭にも出てくる有田くんは、僕の中学時代からの同級生。
彼は今では湘南で塾の経営者として辣腕を発揮しながら
ハードロック・バンドに命を燃やしている。

その有田くんが、僕の隣に座ったところから
「ピアノへまっしぐら」の人生はスタートし始めたのだ。
彼のショパンのワルツは絶品だった。
自分もああなりたい。そう思ったら一心不乱にピアノに向かった。

大抵のジャンルは演奏した。ロック、ポップス、フュージョン、ジャズ、
そしてクラシック。(因みにイヴ・モンタンだけは小学校の頃から好きで、でもフランス語はわからず、外語に入ってからドイツ語の授業をさぼって、フランス語の先生に頼み込み、入れてもらった。そしてモンタンを歌えるようになったのは20歳を過ぎてからの事だ。)

僕にとって音楽が何故そこまで大事だったか。
今になると少しは説明できるようになった気がする。

僕には音楽が必要だった。
心の乾きを癒すのに、音楽の他に何もなかった。
だから音楽に没頭した。
そして僕は音のなかにいつも自分を投影していたような気がする。

作曲家の語る音のなかに、作曲家の人生を感じ
その音の中に、自分と同じ「意識」のようなものを
感じ取っていたのだと思う。

「生きる」ということは、辛いことも多い。
孤独を感じることもある。
そう言った自分の内面のキライな部分を
音楽のなかで癒すことができたのだ。
それが音楽との本当の出会いだった。

ひとが楽しいと思うのは、自分のなかの同じ部分が
共鳴した時だろうと思う。
そうなると、音による魂の癒しが始まるのだ。

音楽を聴いて楽しいときは誰にでもあると思う。
例え、それが悲しい旋律であっても
実は深いところで「楽しい」のではないか。

矛盾しているように聞こえるかもしれないが
僕は常に短調のショパンのマズルカを聴いていて
「楽しい」と感じた。悲しい曲なのに。

それはショパンが、ショパンの音が
自分を慰めてくれているように感じたからだと思う。
僕の音楽へのアプローチとは、実はこういうものなのだ。

そして自分の苦しみや悲しみは、
音楽と歩みながら、音楽によって勇気づけられ
癒されて行った。
そして今こうして貴方にメッセージを送っている。

だからこれを読んでいる貴方にも
ひとつだけ分かって欲しいことがある。

別に音楽だけに限らない。
何でも同じことなのだから。

頭で考えることも時には必要かもしれない。
それを否定するわけではなく
ただ、「楽しい」と感じることを
身の回りに増やしてほしい。

僕は音楽家だけれど、あなたに演奏をしても
頭で理解してもらおうと思って演奏していない。
やはり何かを感じて欲しい。
何かを共有したい。
そう思っている。

頭で考えることも素敵だけれど
まずはココロで掴んでほしいものがある。
そうすると貴方は音楽のなかで
自分と向き合えるようになる。

「音楽の癒し」はすでに始まっている気がする。

村中大祐

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