【武士の刀を指揮棒に変えた男!?】

From:村中大祐

 

今日も素敵な一日をお過ごしですか?

指揮者の村中大祐です。

 

今日は再度あなたにお届けしようと思う

短いエピソードがあります。

 

それは昔「指揮者の通信講座」、

 

そして今は「クラシック音楽の処方箋」①②

 

としてお届けしたものです。

 

ヴィデオや小冊子になっていましたから

まだご記憶頂いているかもしれません。

 

実はこの2つのエピソードは

クラシック音楽だけでなく

 

海外で活躍しようと思う人には

是非知っておいて頂きたい

まさに私の「秘中の秘」なんです。

 

読んでみれば案外

 

「なんだ、そんなこと」

「私は知っている」

 

と思われるかもしれません。

 

でも意外にこれが、難しい。

 

私にとっての光、

未来への一本の道筋は

 

前回お話した通り

音楽でした。

 

でも人間というものは

ひとつところに縛られると

 

どうしても視野が

偏狭になってしまいます。

 

その「狭い視野」から

自分自身を引っ張り出して

新しい視点を獲得するためには

 

自分とは違う分野で

活躍する方とお話すれば

一番早いと思っています。

 

でも勘違いしてはいけません。

 

自分を知るためであって

 

相手の話を聞くためでは

ありません。

 

相手の話を聞き

自分の意見を話すと

出来上がる構図は

 

相手が自分にとって

磨かれた鏡となってくれる。

 

この一点なのです。

 

つまり相手の話も

すべては鏡に映った

まさに自分の姿、

というわけです。

 

指揮者という仕事の

一番の恐ろしさは

 

この「鏡」の原理です。

 

出てきた音を自分の音とするか。

あるいは演奏者の音とするか。

 

ここが決め手です。

 

オーケストラで指揮台に

あなたが指揮者として

立つとします。

 

仮にオーケストラの中で

誰かが音を間違えたとして、

その責任は誰にあると考えるか。

 

そこが決め手です。

 

私が本格的に

音楽の勉強を始めたのは

 

非常に遅くて19歳からです。

 

それも「歌曲のピアノ伴奏」から

スタートしました。

 

今年98歳で他界された

母の師匠である佐々木成子先生が

私の伴奏法の師匠として

母と私を一緒に指導してくださいました。

 

「糸をつむぐグレートヒェン」という

ゲーテの「ファウスト」の一節が

 

歌になったシューベルトの名作が

最初の私たちのレッスンでした。

 

その時、ある歌いまわしで

母が息が続かなくなると

 

必ず佐々木先生は私の傍らに来られて

 

「大ちゃん、あなたが駄目なのよ。」

 

そう教え諭されたのです。

 

つまりピアノを弾くだけではなく

ピアノを弾きながら

 

歌手の息づかいや

その他すべてに

私が責任をもたなければならない。

 

そういう教えでした。

 

言葉の発音から、

歌いまわしや音程に至るまで、

 

その全てを

私が知り尽くして初めて

 

歌手と一緒に

ピアノを弾く資格がある。

 

そう教えてくださいました。

 

私はその後、ピアニストを目指し

そして結果的には

指揮をすることになります。

 

そのプロセスで

このような

ある意味「無茶苦茶な」教えを

 

どうやって本気で受け取り

 

自分のなかで

大切な教えとして位置づけられたか?

 

これにはあるエピソードを

知ってもらわねばなりません。

 

ですが今日はここまでにしておきます。

 

むしろ、この教えについての

以下のような分析が

とても重要です。

 

指揮者でよくありがちな話ですが

 

奏者が間違えると

その奏者を徹底的に

いじめぬく人がいます。

 

そうやって自分の権威や主張を

集団に徹底させるつもりらしいのです。

 

「なめられてはいけない」

 

どうやらそういうことのようです。

 

でもね。

それをやっても

何も良いことはないのですよ。

 

私はオーケストラで誰かが

音を間違えたとき

知らん顔をしています。

 

もちろん分かっていますよ。

 

音がずれていたり

変な音がしたりすれば

間違い探しは得意な方です。

 

世界のコンクールでも

その辺は実証済みですから。

 

でも黙っています。

 

何故なら

間違った音は

本人が一番わかっているはずなんですね。

 

だから敢えて指摘しません。

 

そこで指摘したくなるのは

おそらく自分に自信がない指揮者。

 

そして、もっと言うなら

相手を信用しないダメ人間です。

 

ここは指揮者の勘どころです。

 

黙っていれば、誰かが指摘してくれます。

ほっときゃあ、いいんです。

 

そうすると、よく気が付く人が

専門家集団には沢山いますから

 

「おい、あそこ、ちょっと違うんじゃねえか?」

 

「あの指揮者はあんまり耳が聴こえないから

俺たちが直さねえと、恥かくぞ!」

 

ということで

 

最終的には彼らが全部やってくれるんです。

 

つまり歌手の責任をピアニストがとるとき

2つの方法があるんですね。

 

1.       歌手に徹底的に自分の考えを教える

2.       歌手が自由に歌えるよう「知らないうちに」

場を整えておく。

 

私は2を選択するわけです。

 

場を整えるというのは、音楽の場合

歌手の息を聴くことから始まる訳です。

 

そして必要なノウハウを

折に触れて指摘しておくと

 

後は歌手が勝手に勉強してきてくれます。

 

そこは相手を信じるわけです。

 

そうすると歌手が自分のちからを

最大限に発揮できるようになる。

 

そうなるまで「待つ」ことも大事。

 

オーケストラの指揮というのは

そういうものなんです。

 

つまり1対1の延長線上にあるのが

指揮者とオーケストラの関係性なのです。

 

ここで疑問が沸くことでしょう。

 

集団と個人は違うだろ?

 

確かにそうです。

 

私はでもね。

 

集団が大の苦手でして。

 

だから1対1でやる。

 

その方法を選んだんですね。

 

そうすると、

良い模範があるわけです。

 

そう。「五輪書」ですよ。

 

宮本武蔵のおっさんです。

 

あの人、おもしろいでしょ。

 

沢山相手がいても

一つ一つの刃を相手にした。

 

そういう事だと思います。

 

こうやっていくと

クラシック音楽の処方箋に

繋がって来るんです。

 

つまり、兵法と音楽。

 

もうここはピタっときますね。

 

面白かったら

メールください。

 

ご意見お待ちしてます。

それでは

今日も素敵な1日を!

横浜の自宅から

村中大祐より

 

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