【落ちこぼれが海外で成功する、たった一つの方法】

こんにちは。

村中大祐です。

 

私は基本的に学校の成績はよくありませんでした。

 

成績というものは、学校の価値観に則った評価をされるものですから

 

自分のペースを守るということが

 

何よりも大事な私のような人間にとっては

 

どうしても学校のペースについていけないという

 

一つの大きな問題がありました。

 

どこへ行ってもなんとなく自分のペースとは違うわけです。

 

私は兄弟もなく一人っ子として育ちましたから。

 

非常にのんびりしています。

 

のほほんとしています。

 

ボーっとしています。

 

そんな人間にとって

 

外から与えられる

外圧のような

 

自分とは違った価値感の中で

 

たくさんの友人たちと

 

競い合わなければいけない環境というものが

 

とても苦痛だったのですね。

 

私の小さい頃を思い起こしてみると

 

いつもこの外圧というものに対して

 

自分自身をコントロールしなければいけないのに

 

それができないという問題を

 

まざまざと見せつけられることになりました。

 

まさに自分自身と向き合わなければいけなかったんですね

 

新しい場所に通うことになると

 

それがたとえ幼稚園であれ

 

サークルであれ

 

小学校であれ

 

中学校であれ

 

初めのうちはどうしても

 

スタートダッシュができません。

 

ですから大抵はそこで

自家中毒のような症状が起こるんです。

 

学校に行くのも

ちょっと辛いかなという雰囲気が

 

私の周りに漂うことになります。

 

まず一番最初の記憶をお伝えすると

 

それは昔大阪にいた時

 

豊中の文化幼稚園での出来事でした。

 

家にいると1人ですから

たくさんの友達に囲まれると

大変興奮するんですね。

 

それに女の子がいるじゃないですか?

 

ですから興奮した私は

自分のエネルギーのコントロールが

 

どうやらできなかったようです。

 

自分のバランスの悪さに

 

とっても恥ずかしい思いをしたことを覚えています。

 

そんなときに私を慰めてくれた子が

ひとりだけいました。

 

南アフリカから来た

ミキちゃん。

可愛かったなあ。

 

あの子だけは

私を「ダイスケ」と

呼び捨てにしていましたね。

 

 

 

それからしばらくして

 

今度は小学校に入ると

勉強しなければなりません。

 

漢字が苦手でした。

いつもお残りで勉強させられます。

 

家に帰るのが遅くなるわけですから

 

母親が心配して私にこう聞きました。

 

「今日はどうしてこんなに遅くなったの?」

 

「漢字が書けなくて

居残りで勉強させられた。」

 

「他に誰か一緒だった?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「外国人の子。」

 

 

 

 

 

 

 

そう言う具合です。(笑)

 

私はどこかとても

どんくさいとこがありました。

 

そういう鈍臭さが

今は奇妙なほど愛おしいんですが

 

当時、当事者であった私にとって

 

どんくさいと言われることはとても辛い出来事でした。

 

そこでちょっとばかり工夫をしてみたんですね。

 

あるとき担任の先生が縄跳びをみんなに奨励したんですね。

 

それで私はこの縄跳びを一生懸命努力して、二重跳び覚えたんです。

 

そうしたら当時小学校の一年生ですから、誰もがそこまで一生懸命練習して二重跳びを覚えようとはしなかったわけです。

 

これが私の成功体験になりました。

 

人とは違うことをやれば

道は開ける。

 

私は二重跳びができたことで

 

やっとコミュニティーの中で

 

自分の場所獲得することができたんです。

 

毎日マンションのガレージで

 

朝早く起きて二重跳びを飛んでみました。

 

まあ一人っ子ですから

一人で何かをやることには

慣れていたわけです。

 

体を動かすことも

気分転換になりますでしょ?

 

そういう軽いノリで始めたんですが

 

だんだんに楽しくなってきました。

 

私は二重跳びで仲間ができるようになりました。

 

そうすると、はじめに私のことをどんくさいと言っていた仲間たちとも、急に親しくなりました。

 

そこからです。

 

また私のエネルギーがおかしな方向へ飛んできました。

 

小学校に通う道は結構幅の広い道路でした。

 

当時私の通う学校は田舎にありましたから、

そこを通る田舎道は大根を担いだトラックが、

 

たまにポロッと野菜を落としていくんですね。

 

そんなのどかな風景の道を、

子供たちが集団登校するわけですけれども

 

ある日上級生の4年生の女の子たちが、

男の子たちに「スカートをめくる」悪さをするようになったんです。

 

わかりますか?

 

女の子が自分のスカートめくって、年下の男たちを翻弄するわけです。

 

私達はこの女の子の集団を「スカートぴら集団」と呼んでいました。

 

彼女たちは無敵でした。

 

たいていの男たちは、スカートめくられると逃げ回ります。

 

あれは面白いですね。

 

どういうわけだか、女の子のスカートをめくる方はいいんですが、めくられると、男たちは負けるんです。

 

私はちょうどエネルギーに有り余っていたわけですね。

 

すでに縄跳びで仲間を得ていましたから。

 

そこに「スカートぴら」が現れたわけです。

 

私はこの女の子たちに対抗する方法はないか

 

と色々考えた結果、

 

男の武器を見つけたんです。

 

目には目を歯には歯を。

 

もちろん男性のあれです。

 

女の子達は白昼堂々

 

スカートをめくってきましたが

 

彼女たちが私の前に立つと、私は臆せず武器を出しました。

 

思わず意表を突かれて

彼女たちは逃げ回ります。

 

そこで、私のことを昔はどんくさいと言っていた男の子が、女の子をどついたんです。

 

今まで逃げ回って腹が立っていたんでしょう。

 

でも、どつくのはいけませんよね。

 

それで問題になって

女の子達に謝りに行かされました。

 

私とどついた子の二人だけ。

 

まあ武勇伝はこのくらいにしておきますが

 

外国人の子供と一緒に

 

漢字の居残り勉強させられていた私が

 

縄跳びで仲間を得て

 

有り余ったエネルギーで

男の武器を使って女の子懲らしめた。

 

この武勇伝を私は誇りに思っています。

 

男万歳。

 

縄跳びのアイデアも

男の武器のアイデアも

 

いずれも私の中から生まれたインスピレーションでした。

 

これは海外で音楽をやる上で、大きな助けとなっています。

 

人が絶対やらないことをやる。

 

人が絶対出来ないことをやる。

 

やって行くと、不思議にそういうパターンが増えて、人と違うことをしていても、何とも思わなくなります。

 

これが、海外に進出するために

どうしても必要なことなのです。

 

海外に1週間でも滞在するなら、日本人とは会わず、ひたすらに現地の人と交流することを考えてください。

 

1か月なら全部ガイジンと話す。

 

寂しくても絶対日本語を使わない。

 

そうすると、日本人とは違う価値観があることが見えて来ます。

 

私は昔、海外では基本的に日本人とは会いませんでした。

 

そうやって初めて外国で生きる醍醐味が味わえました。

 

これは旅行に行くとき、特に気をつけて。

 

せっかく海外に行くのだから

ガイジンに出会って、違いを感じることが、何よりの宝になるのです。

 

違いを感じると、共通点も見えてきます。

 

五感を全開にして感じるのです。

 

その為には日本で暮らしている時から、人とは違う生き方で、毎日を豊かにしなければなりませんね。

 

人と違う価値観で生きてみる。

 

そうすると

 

海外で生きる下地が出来ます。

 

今日も素敵な一日を。

村中大祐



【指揮者村中大祐メルマガMuranplanet】2018
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