項羽と劉邦

項羽と劉邦の
どちらが好きか?って訊かれれば、
私は迷うことなく劉邦と答える。

やってみれば分かるけど
勝ち続けようとすると
勝つことに縛られて
自由を失うことになる。

理屈、屁理屈はやめて
勝ってみれば、これは分かること。

勝つことが、勝つこと以外を
閉め出し始めるんだよね。

そうなったら要注意。
怖れが生まれた証。

失敗を怖れるようになる。
つまり進歩が止まって
馬鹿になるわけだ。

昔、もう数十年前のことだけど
ある建築家に質問したことがある。

「強さとは?」

当時70を超えたばかりの
名建築家はこう答えた。

「大祐くん、強さとは
私は竹のように
しなるようなものだと思う」

当時、この「竹のようにしなやかな強さ」
というものを想像したが
人間の強さとしなる竹が
今ひとつピンと来なかった。

今、私ならこう答える。

「強さとは、弱さを知ること」

弱さを知って初めて
人間とは強くなれる。

音楽の世界は
昔は競争の世界だと誤解していた。

コンクールで優勝して、世界中のオーケストラを指揮して
どんどんキャリアを広げていけばいい。

そう信じて世界中のコンクールで
受ければ必ず上位に食い込むことができるようになった。

でも実際に仕事の現場に行くと
どうやってもチカラが抜けない。

コンクールに優勝できる実力があるはずなのに
指揮棒の先が震えてしまう。

それはチカラが入るからだ。
チカラが抜けた状態を感じることは
当時の私にとって至難の業だった。

そんなときに出会ったのが
司馬遼太郎作「項羽と劉邦」だった。

劉邦は多くの人に慕われ
項羽よりはるかに魅力的に映った。

それだけではない。
彼の生き方そのものに「自由」を感じた。
弱さを曝け出せる「強さ」を感じた。

それを多くの人が支えていた。

強さとは弱さと表裏一体。
そんな強さよりも
弱さを知ったときに出てくる
本当の味があることを
多くの人との出会いから感じるようになった。

人間は老いる生きものだが、
その老いに宿る知見もまた
強さより更に安定した
心の拠り所に見えるようになった。

強さだけが人生の目的なら
生きる意味などどこにもない。

弱さを感じた時点で人生を終えなければならなくなる。

でも人間とは弱さを感じるときが
必ず誰にでも訪れる。

本当の生きる意味とは
その瞬間、負けたり弱さを感じたりしたときから
始まるように思う。

弱さを知らずに生きなければならない人は
本当にかわいそうだ。

常に勝ち続けなければならない人間の悲哀。
これに勝る悲劇がほかにあるだろうか。

幸い、わたしは幼い頃から落ちこぼれだった。
そのお蔭で「自分らしく生きる」ことの意味を
これまで徹底的に追求出来たと思う。

でもそんな落ちこぼれの私でさえ
コンクールで順位が付くと
この「おかしな罠」の餌食となる。

自分を知るとは自分の弱さに気付くこと。
劉邦のような生き方は素敵だと思う。

村中大祐

P.S.これは実は2月にメルマガで読者にお送りしたもの。

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