指揮者になる法⑰「場のエネルギー」

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From:村中大祐

私は小学校の時、いじめられている子が居ると
その子がかわいそうだからじゃなく
「いじめ」によって生まれる空気感がキライで

いじめている子供のいじめを止めさせるように
常に動いていました。

それは別に正義感でも何でもなくて
自分がその場に居るのがつらかったのですね。

身体がクラスで大きく、力も強かった私は
いじめっ子に対して何かすると
大抵相手がしり込みしてくれたのでした。

そんな私も1度だけイジメに加担したことがあります。
それは今でも心の傷になって残っています。

場というものを考えるようになったのは
いつ頃のことだか、正直わかりませんが
子供は幼稚園や学校に行く前から
場を意識して暮らしていますね。

親や兄弟との関わりのなかで
常に「場」を意識せざるを得ない。

でもルーティーンのなかで
「場」の穢れのようなものに
気が付かなくなるのです。

清浄の気というのは大切で
ものごとのチカラが十全に発揮されるためには
「場が整う」ことが必要だったりします。

これは指揮者にとって
非常に重要な感性です。
そして、ヨーロッパと日本の社会には
「場のエネルギー」に違いがあることを気が付いた時
それがオーケストラの違いであることを
痛感したのです。

技術や能力は日本人は世界最高です。
でも「場」についてはどうでしょうか?

全く違う見方が必要になると思います。
今日はそんなお話です。

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指揮者になる法⑮「やるっきゃないの世界観」

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From:村中大祐

私がウィーンの音楽大学の指揮科を受けた時の話は
かなり色々な場所でしているから
もう聞き飽きた、という方はスルーしてほしい。
何せこれ、私の原点。

当時の私はスコアも満足に読めず、
指揮もどうしてよいやら
わからないような状態で
大学卒業2か月後の5月、
ウィーンに向け渡欧したのだが

そんなええ加減な状況で
世界の最高学府であるウィーンの音楽大学(Hochschule)の
指揮科を受けに行った私の心臓には
恐らく分厚い毛が生えていたはず。

それこそ、日本で既に指揮の勉強も済ませた人達が
試験場で同じ日本人の私を見るなり
「君は何を試験で振るの?」と訊きに来る。
それに答えるのも一苦労だが、
私が「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」
と答えると、
皆一様に私を軽蔑したような顔をするのだった。

「なんだ、こいつ大したことないな。」
そういう思いが皆の顔に書いてあった。
そして、「君には会ったことないな。どこの大学?」
と訊かれて「東京外語」と言った日には
スーッと消えてしまうライバルたち。

そんな彼らは今どうしているやら。
人生とは誠に奇妙奇天烈なものだ、と思ってしまう。

実はその時の私は、前の日にひとつ音楽大学に合格していた。

それはウィーンにあるもう一つの音楽学校、
ウィーン音楽院(Konservatorium)の指揮科だった。

その学校は上記のウィーン音大より入試が比較的易しくて
ピアノを弾くほかに、視唱といって初めての楽譜を
初見で見ながら歌を歌う試験、そして
確かモーツァルトの魔笛の第一幕の出だしを
ピアノで弾き歌いしただけで入学試験は終わったのだ。

「指揮をする」試験はなかったわけで、
ピアノは弾けるが、指揮をしたことがない私にとっては
まさに好都合だった。

でも数時間後に張り出された「合格」の文字を見たとき
腰が抜けて、激しく泣いたのを今でも思いだす。

まさか合格すると思っていなかった。
周囲の合格した人間たちは、みんな涼やかなものだったが
私にはそれなりの「賭けた思い」があったのだ。

東京外語大在学中、すべての就職を辞退して
ひどい胃潰瘍になっていた。
通学のための京浜東北線のなかで
何度も調子を崩して
東京駅の救急にお世話になったりした。

当時東京の北区の西ヶ原に大学があって
我が家からは片道2時間半かかっての大学通いだった。

ソニーや野村證券、トヨタや色々な優良企業からのオファーを
全部断っても、まだ高校や大学の先輩たちから夜23時ごろに
「おい、村中、今から出てこい」という電話がかかってくる。

それを全て
「私は音楽家になるので就職はしません」
と断ると、決まって
「え?何?なんていった?お前バカじゃないのか?」
という話になり、ひと悶着あった。

それを毎回こなすのには、かなりの覚悟が必要だったものの
何とかやりおおせた。
しかし精神的・肉体的なストレスは
ある意味極限に達していた。

それは人生の一大決断だった。

それでも「やる」と決めた音楽を
ピアノから指揮に切り替えてウィーンの受験に臨み
「合格」の文字を見た時には
さすがに自分のなかで
何かが一つ、弾けたようだった。

実際にはまだ何も始まっていなかったのだが…

ひとしきり泣いた後
私はボーっとした心持ちで
学校の外に出てケルントナー通りを歩いていたが

そこでよく見かける路上ミュージシャンの4人組が
モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」を
結構楽しそうに弾いているのを見かけたのだ。

それを聴いていた私は
「ああ、これならやれるかもしれない」と思った….

続きはこちらからどうぞ。
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指揮者になる法⑭「Mysterien 神秘の扉」

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From:村中大祐

ワーグナーのオペラと言えば
長いというイメージがあると思うんだけれど

私が最初に好きになったのが
「パルシファル:というオペラで
これは場合によっては
その神秘性から引き込まれていく人が
多いと思います。

音楽のなかに神秘性が宿っているからなんですね。
試しに聴いてみてください。

私は10代の終わりごろに聴いて
衝撃を受けました。感動しましたね。

音に力があるんです。

ひょっとしたら19世紀のパリは世界で一番
ワーグナーに影響を受けた人が多かったのではと思います。

トリスタンとイゾルデを聴いて
驚愕したようですが
私はトリスタンよりパルシファルでした。

トリスタンで驚愕したひとたちの気分は
私はパルシファルで味わうことができました。

今日はそんなお話です。
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指揮者になる法⑬「サッカーの組織とオーケストラ」

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From:村中大祐

今日はサッカーの話題から。
私は今でもドイツのルムメニゲというプレーヤーが好きでして。
ちょっと古いな、誰それ?と言われるかもしれませんが。

でも彼のドリブルや論理的なゲームの組み立てが
凄く新鮮だったんですね。

そういう感覚というか、そもそもスポーツに論理ってあるんだ!
と言った感覚だったんです。
野球とはずいぶん違うなあ、と思っていました。

今の私に言わせると、彼のプレーは
とてもベートーヴェンの交響曲に似ているような気がしています。
彼から何となくですが、
音楽の中にある「見えない」論理を学んだようなのです。

その位サッカーと音楽は
使うアタマが似ているということなのでしょうか。

昨日観ていたサッカーの試合。
後半だけ10分ほど観てやめたんですが
それでも物凄く刺激的でした。

日本チーム、随分変わりましたねえ。
あれは強いです。

強いチームになった理由。
独断と偏見で書いてみました。

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