指揮者の交渉術⑬「息はゆっくりと。でも動きは?」

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From:村中大祐

マインドフルネスと言う言葉が流行るなかで
瞑想やヨガ、座禅などをする人が
増えたのは素晴らしいことですね。

そう言う私も毎日瞑想「らしき」ものをやっています。
ただ、寝たままのことが多いので

眠る前にやるときは
必ずそのままグーグーとなるのが常なんです。
イヤー、難しいのは難しい。

うまくできれば頭スッキリと
一日を謳歌できるわけで
そういう爽快感を得るために
瞑想や座禅をやるのでしょう。

私はよく鎌倉に座禅に外国人を連れて行きますが
彼らは足が痛いのに我慢して

何とか最後まで付き合ってくれます。

禅の老師が日本語だけでお話されますと
それを片言の通訳をいたしますが

大抵若い僧侶がやってきて
「うるさい!」と言うわけです。

外国人に日本語だけで講話しても
分からないはずなんですが
そう言うところは
なかなか厳しいのか
理解がないのか。

音楽会も同じですかね。
良い演奏のときに
「ああ、素敵」とか言っちゃいけないって
誰が決めたんでしょうね。

昔はフランスのコンサートなんて
「いかす!」とかみんな平気で
大声で言ってたし

それはもう、歌舞伎の「中村屋!」と同じ。
そういう掛け声はしなくてもいいですが
何かこう、愉しむための。。。ねえ。

あってもいいんじゃないかと。

今日はそんな話をします。
こちらから読んでみて下さい。
https://39auto.biz/daimuran/touroku/entryform3.htm








指揮者の交渉術⑫「息を聴く技術」




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From:村中大祐

マインドフルネスと言いだしたのが
いつ頃のことなのか、あまりハッキリしませんが
最近はこの言葉がごく普通に使われるようになっています。

ヨガや瞑想など色々な手段を用いて
心を落ち着けてみたり
健康管理をする人が増えたということですね。

昭和の頃にも一度ヨガが大変流行っていた時期がありましたが
今もしかするとブーム再燃かもしれません。

面白いもので
息を意識することは
普段の生活にはないですよね。

それを意識のなかに
もう一度取り入れることが
非常に重要とは
やってみるまでは思いもしなかったです。

座禅や瞑想をする際に
息に神経を集中しなさい、という教えがあります。

これは日常と対極にあることを
やってみる、すなわち非日常ですね。

深く息をすることは
忙しい毎日で大切、とかよく先生方はおっしゃいます。

これ、舞台の上でも全く同じ。

速い動きを舞台でしなければならない時でも
息を意識的にゆっくりにしてみると
物事の流れがハッキリつかめたりするようです。

個人のレベルでは
それも可能かもしれませんが
集団で「息を意識する」ことについて
例えばオーケストラという集団では
いったいどんな方法があるんでしょうか?

そんなことできるわけない!

まあ、そう言わないで
ちょっとばかりお付き合いください。

↓こちらから是非読んでみて。
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指揮者の交渉術⑪「音色を求めて」

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From:村中大祐

集団のなかに埋もれてしまう個性。

音楽の表現するもののなかで
特に大切なのは
「自由」を表現することです。

でも「自由」とは真逆の
沢山のルールがあって成り立つのが
音楽の伝統でした。

私たちも作曲を学ぶにあたり
沢山のルールを知り
そのがんじがらめの中に
「自由」を見出すべく
曲を作ったりします。

素晴らしい曲を作ることが目的ではなく
その訓練の目指すところとは
「ルールの中に自由を見つける」
という本質なのです。

ルールのないところに
本当の自由はない。

集団の中に個性を見出すこと。
似て非なるものかもしれませんが

音楽が目指す自由を
どうやったら見つけられるのか?

そんな葛藤をお伝えできれば
嬉しいです。

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指揮者の交渉術⑩「いや、自分は変えられない。俺は俺だ。」

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From:村中大祐

昔から音楽家の間では
「音楽家ジョーク」というのが
結構世界的に語られていて
中でもヴィオラ奏者のジョークは
秀逸だというのが定説なのですね。

指揮者の間ではもちろん
指揮者ネタというものを語りますから
ウィーン時代には
歴史的な指揮者のエピソードがジョークとして
語られていた記憶があります。

ジョークというのは
世界で生きる上でとても重要ですね。
イタリア語ではBarzelletta(バルゼレッタ)と言いますが
やはりフランスやイタリアのジョークは
どれも秀逸です。

私たち日本人も上手な人はいますが
少しセンスが違う気がします。

だからパーティの席で
理解できない、なんてこともあったり。

そんな私でも非常に感銘を受けた話がありました。
ローマのあるパーティで
その晩はナポリから来た宝石商や
服飾デザイナーの晩餐でした。

私は友人に連れられて行くと
さすがナポリの人達はちょっと違う。
いきなりバルゼレッタの応酬。

でもそこで非常に素晴らしい小話がありました。

私がある服飾デザイナーに
「あなたはナポリの方ですよね?」と訊くと

彼はこう答えたのです。
「君は私がイタリア人だと思うかい?」

「ええ、そう思って今イタリア語で話しています。」

「違う。私はイタリア人ではない。」

「え?」

「ましてや私はナポリ人でもない。」

「え?」

「私はわたしだよ。」

自分が変われば社会が変わるかと言う問いに

今日は「いや、やっぱり自分は変えられない」です。

こちらから読んでみて下さい。
https://39auto.biz/daimuran/touroku/entryform3.htm








指揮者の交渉術⑨「自分が変わる。社会が変わる。」

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From:村中大祐

よくある自己啓発本によれば
例えば人間関係で悩む場合

相手は変えられない。
自分は変えることが可能。

だから自分が変わるのが先。

そうすれば回り回って相手が変わったように
見える結果が出てくる。

そのように説くものが多いですね。

私のこれまでの経験も同じようなものでした。

やぱり自分をどんどん進化させていくしかないですね。
そのために自己管理能力が求められるわけです。

私は車の免許を40代半ばで取りましたが
実際にやってみるまでは
車の運転なんて
自分では絶対無理だと思っていたのです。

でもやってみたら
意外と簡単なのでビックリした覚えがあります。

人間というのは行動に移さないで
頭の中で考えているうちは

きっと本当のことはわからないのではないか。

オーケストラも実際に前に立ってみないと
その音を身体全体で浴びてみないと
やっぱりわからないものでした。

ちょっと深い話をするなら
指揮をしていても
音を身体で浴びていない人が
実はいます。

一生懸命目の前に居る人達を
指揮していては
音をつかめない。

指揮とは音を聴くこと。
音楽とは運動ではなく
聴く作業なのですね。

何だか禅問答になりましたが
今日は自分が変わると相手が変わる。
それにまつわるお話の最初です。

こちらから読んでみて下さい。
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