【あなたの故郷はどこですか?】

今日はダニエル・バレンボイムさんとエドワード・サイードさんの対談集「Parallels and Paradoxes」を引用してお話ししています。コスモポリタンにとっての故郷とはどこになるのか?そして言葉との関連について、私の体験からお話ししたんですね。やっぱり日本を知るには外国に出てみるのが一番です。そして日本や自分を俯瞰的に見つめてみる。外国語を学んで、本質的な違いに「感性」を用いて迫る。そうすると日本が変わる。自分が変わる。そんなお話です。むーらん



【指揮者村中大祐メルマガMuranplanet】2018
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日本人の素晴らしさとは?

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From:村中大祐

先日長野の善光寺におりました。
偶々なんですが一泊するのに選んだお宿が
松屋旅館と言って、善光寺境内にありました。

もとはここには善光寺の本堂があったということで
そんな場所を選ぶことができたのは
本当にラッキー以外のなにものでもない、と思いました。

実際に行ってみて驚いたのは
外国人の仲居さんがが日本語をきちんとマスターして
しかも日本人以上に丁寧な応対で動いておられることです。

それを日本人の大女将が更に上をいく対応で
私たちに接客してくださる。

ある意味素晴らしい接客の学校のような
そんな印象を持ちました。

ありがたいご縁を頂きました。
旅先で学ぶことがあると
本当に嬉しいものです。

見たこともないような応対は
人を驚かせ、時に感激させます。

果たして自分にそれができているか?
そう考えると、精進あるのみ、という言葉が出てきました。

私は日本人のこう言う「凄さ」を
色々な場所で体験しています。

多分、外国の方々に伝わっている日本神話は
こういった「達人」たちの手によって
驚きとともに諸外国にもたらされているのだろう、と
そう思いました。

世界中の人達に、日本から学んでもらいたいことが
たくさんあります。
そう言ったことを、自分なりに
日本を旅して集めてみたい、そんな気持ちになりましたね。

普通の何の変哲もない生活の一場面。
そんなところに
本当の凄いひとたちがいます。

凄いひとは新聞や雑誌には載っていないような気がします。
あなたの隣に居る、その人かもしれません。
そんな思いを、さらに強くした体験でした。

今日も素敵な一日を!
横浜の自宅から
村中大祐

メディアと勝負師:「美学」について

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From:村中大祐

http://www.huffingtonpost.jp/2017/06/20/hifumi-kato-legend_n_17218268.html

将棋の御大、加藤一二三さん引退。
一二三さんには美学がある。
勝負師としての見事な美学。

負けても勝った人を讃える人だし。
ちゃんと若い世代をリードしてくれた。
こう言う方のお蔭で若い世代のスターが生まれ、
彼らに憧れる人が出て来て将棋界のブームに繋がる。

潔さだよね。やっぱり。
それは清涼感のある生き方。
命懸けの勝負。

日本人に求められる美学って
やっぱりそう言う感じだと
私は思いたい。

今日本って、美学もへったくれもない。
そんなもんで、飯食えない!って

みんなが思っているのが
本当によくわかる。

これはやっぱり、まずい。

今メディアに報道されている中心的な記事を見ると、
内容がどれも酷くて、真っ直ぐに凝視出来ない。
人の醜い側面ばかりを選ぶから。

類は友を呼ぶ。
ここは事実を書く場合でも
選択の余地があると思う。

つまり会社の方針ではなく
「自分」の立ち位置だ。
会社ではなく、
「自分」の尊厳を
書く人間が守っているか?

書く人間の記事によっては
言い訳が見えたりする。
「自分は書きたくないけど
会社の方針が。。。」

そこはもう、命がけなんだと思う。
勝負してるかどうか。

やはり記事を書いている方の選択によって、
光の当て方も変わると思う。

記者さんも、それはそれで命懸けなんだと思う。
自分の書いた記事の影響を考えたら、
本来命懸けにならざるを得ない。

だから思うんだけれど
今出回っている記事を読んでいると、
こちらの生きるエネルギーを奪われている気がする。
エネルギー・ヴァンパイアー。
そんなくだらない仕事をしていて
本人だって平気なわけないと思う。

そう言う意味では、
今はメディアの方に「美学」が求められる。

昔は騎士道精神とか、武士道とかいうのがあって、
「我は奥茨城のなんとか村のナニガシであーる。
いざショーブ!」
なんてね。

必ず自分の名前だけじゃなく、
自分のいわゆる「立ち位置」ってヤツを示すの。

それがいつもどこかにすっ飛んだまま。
マスコミにいる人、これ大事。
自分がどこに居て、何を書いているのか。

そういうメッセージを書いている?
行間からわかれ!
って言われてもわかんないよ!

もっと私たちに活力を与える記事を
毎日量産してもらいたい。
生きるチカラを与えるメディアになって下さいね。

頼みますよ!マスコミの方たち!

ヨコハマの自宅から

村中大祐

フランス給費留学生試験の顛末①

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最近事務所の整理をするため、昔の資料の取捨選択をせねばならず、その中に埋もれた書類に記憶を呼び起こしていたら、ウィーン時代の記憶や東京で外語に通っていた時代に、自分が何を考えていたか?を思いだす良い機会となった。
まずは推薦状。

先週大往生された佐々木成子先生は、私が母のお腹に居るときからのお付き合いだが、「指揮者になったらどう?バカじゃないからドイツ語勉強して、大学卒業したらウィーンでもドイツでも行ったらいいじゃない?」の一言。このアドヴァイスで東京外語だけでなく、指揮者になったと思う。

一年間作曲家の尾高惇忠師とドイツ歌曲の佐々木成子師に教わりながら、二年目にはウィーンでヨーゼフ・ディヒラー師に師事。ミニコンサートを聴いていたロシア人名教師イリエフ師が、「お前才能あるから、9月から私のクラスに来い。教えてやる」と言われたが、「俺はパリに行く」と断ったことで、ピアニストの道を絶ったことには気が付かず。(今ならわかるが、当時はわからなかった。)

でもピアニストになりたくて、本当にパリに行こうと決意。それでウィーンから帰国後、すぐにフランス給費留学生試験を受けてみた。本人必死である。

この試験。普通は内定者が先生によって決められているとか。そんなことは問題じゃないとばかりに、推薦状を尾高先生と佐々木先生にお願いしたが、佐々木先生曰く、「あなた馬鹿じゃないから、自分で推薦状書いて来てごらんなさい。それを私が手直しして出すから。」と仰る。尾高先生にその話をしたところ、「それはおばちゃま、うまいことを仰る。じゃあ俺もそうするから、お前書いてこい。」

さあ、大変だ。自分で推薦状を書くなんて。と思いきや、意外とこれが面白い。すらすらあることないことを書きながら、得意満面、両先生のところへ。そしたら出てきた推薦状がこれ。

「村中大祐さんは時折、彼の母親の伴奏者として私のところに来ます。
現在東京外国語大学に学ぶ傍ら、作曲家の尾高惇忠氏の下でピアノと和声を学んでいる彼が、所謂音楽大学の学生としての素養も研究も準備もなしに、今回の試験を受ける事自体、大変無謀なこととさえ思います。
しかし、むしろ日本での画一的とも思える音楽大学の経験をぬきに、はじめてパリで日本では得ることの出来ない、又ちがった方法と角度から専門的な教育を受ける事のの方が、彼にとっては誠に大切で意味のあることであり、又良い結果が得られるのではないかと敢えて給費生として推薦いたします。彼の演奏から、その観点をお聴きとりいただければ幸いです。 
1987年7月 
佐々木成子【名古屋音楽大学教授】」

今思えば、無謀なことをやったもんだ。
だが、佐々木先生の慧眼。
ドイツ語をやってから海外でというパターンもありだと思う。
少なくとも私の場合は、本当に自分に合った方法論だった。

佐々木成子先生。安らかに。
本当にありがとうございました。
もう一度佐々木先生には登場して頂こうと思うが、
今日はここまで。

色について – Muranplanet – 指揮者村中大祐の世界 Muranplanet

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昨日は一足先に文化の日を満喫。

と言うのも休日は道が混むこともあり、

またタイミングが良い時に訪れたい場所を訪れるという意味で

一日早く文化の日を設定。

昔知己のあった人間国宝の方の展覧会に足を運んだ。

京都という街には様々な思いが交錯する。

父が京都生まれということもあり、また自分の本籍が京都というこもあって

この独特の街の愛憎には幼い頃から経験が深い。

だからそう思うのか、海外の古い街を見てそう思うのか

あるいは鎌倉の傍に住むことから思うのかわからないが

京都の色、というものにはいつも不思議を感じて来た。

色というものは、空の色や太陽の光の影響を受ける。

人間がその眼で見る色は、これらの影響で決まると言っていい。

だから例えばイタリアの赤や青が、その空の高さや光と影の違いから

日本のそれとはまったく異なる色であることは

誰もが結構簡単に気づけることだと思う。

京都の色と題して書くからには、必ずそのことに触れねばならないが

正直、京都の色を美しいと思ったことがない。

ひょっとしたら時代が変わり、感性が変わったからなのだろうか?

今回見た展覧会も、日本の古来の手法を基にして浮き上がった色だったが

この色を自分の世界に持ち込んでみたとき

微妙なバイブレーションの違和感を感じる。

使えない色なのだ。

京都の色の多くが、実は私たちの自由を縛ろうとする。

つまり彼らの世界に引きずり込むことには長けているが

実際の私たちの感性に寄り添うことをしない。

そこで拮抗した感覚を持つ場合、大衆に迎合して

これは「素晴らしいものだ!」と言うのは私には無理だ。

彼らの色は明らかに時代を超越している。良い意味ではない。

今を生きる人には合わないのだから。

だがそれを良しとするなら、その色に付き合って

私たちの方が変わらなければならないのだ。

そういう色を私は認めなければならないのだろうか。

やはり色というものは、時代を表現するものであるべきだと思う。

だからこそ、私たちが変わっていく、その姿に併せて

京都の色も変容すべきだと思う。

その足取りが遅いと、私たちが常に重荷を背負わされ

過去と向き合わざるを得ない。

過去と向き合う情念より、そういった過去に立脚しながらも

過去の怨念やら情念を浄化するなかで、新たな気づきを得ると同時に

古いものを捨て、新しい時代を築いて行くのも必要ではないのか。

そんな思いを持ちながら文化の日は無事に終了。

はて、音楽の新しいカタチも、時代と共に変わるべし。

そういうことになるのは必定。大変である。

またそれも楽しからずや。

素敵な文化の日を!