夏の夜長にブラームスの話(2016年のメルマガより)

ブラームスのお話

お元気でお過ごしですか?
指揮者の村中大祐です。
今日も素敵な一日をお過ごしください!

ブラームスとシューマンと言えば、
私が最も得意とするレパートリーです。
今日はブラームスにまつわるお話です。
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1990年に渡欧してから日本に帰るまでに9年。
帰国した日本でのデビュー演奏会に選んだ曲目は
ベートーヴェンの「エグモント」序曲
シューベルトの交響曲「未完成」
そしてブラームスの交響曲第3番だった。

若干33歳の若手指揮者の選ぶプログラムではなかったものの
当時の新星日本交響楽団は素晴らしい演奏をしてくれたおかげで
批評家の先生方からかなり高いご支持を頂いた。

テーマは「ゲーテのイタリア紀行」。
当時ローマ近郊のフラスカーティに住んでいたこともあり
ゲーテが白ワインを飲んだくれて騒いでいた酒場が目の前ということもあって
まさにうってつけのプログラムを選んだつもりだった。

中でもブラームスの交響曲第3番は非常に好演だったようで
後に多くの人達からライブ録音を聴いた印象として
「これはベルリンフィルか?」などと半分本気で訊かれたりしたものだ。

その位当時(1999年)から、日本のオーケストラのクオリティは高かった。

ブラームスと言えばその後も読売交響楽団や東京フィルと第一番、
京都市交響楽団と第二番、そして海外では何度か第四番を指揮したが
その度に作曲家とのアフィニティ(Affinity)を感じさせてくれた。

でもその基礎になったのは実は歌曲だったり、室内楽、または
ピアノのソロ作品だったりする。

僕の最初に出会った歌曲はImmer leiser wird mein Schlummerという歌曲。
邦訳すると「私の眠りは次第に浅くなり…」

この最初の旋律などは、ブラームスがよく交響曲の中で使う。
地味な味わい。でもこれがすべてではなく
色が零れ落ちるほどに色彩に富んだ作品も多いのだ。
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Immer leiser wird mein Schlummer,
どんどん私の眠りは浅くなってゆく
Nur wie Schleier liegt mein Kummer
今やまるで私の心苦さえヴェールのように薄くなった。
Zitternd über mir.
震えおののくお前の声が
Oft im Traume hör ich dich
何度も夢の中で聴こえてくる。
Rufen drauß vor meiner Tür,
私の外からお前が呼ぶ声が聴こえてきても
Niemand wacht und öffnet dir,
誰が起きるわけでもなく、戸を開けてやるわけでもない。
Ich erwach und weine bitterlich.
私は目が覚めてはいるものの、ただ悲しく泣くだけだ。

Ja, ich werde sterben müssen,
ええそうよ、私の命は風前の灯、死は目前。
Eine Andre wirst du küssen,
誰かほかの女にお前は接吻するのだろう。
Wenn ich bleich und kalt.
何故なら私は青ざめて冷たいのだから。
Eh die Maienlüfte wehen,
5月の風が吹く前に
Eh die Drossel singt im Wald:
ツグミが森でさえずる前に
Willst du mich noch einmal sehen,
お前は私をもう一度見るだろう
Komm, o komme bald!
お出で、私も間もなく行くから!
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簡単に翻訳をしておいた。5分かけた翻訳なので
下手な日本語は許してほしい。

何だかえらく暗い歌に思えるかもしれない。
でもテンポを少し変えると
音楽の意味合いさえ、すごく変わるのがクラシックの音楽というもの。

ロマンティックという時代が
シューマンやブラームスの世界。
シューベルトから受け継いだ「詩に音を付ける世界観」が
そこにはある。

これが日本語で書かれた詩なら
それを美空ひばりあたりが歌ってくれれば
また違った雰囲気と趣もあるのだろうが
エリー・アメリンクが歌ったもんだから
ちょっと悲壮感が漂い過ぎ。

ブラームスはもう少しこの歌を
哀しくも美しく歌ってほしかったと思う。
暗いばかりの演奏では困ってしまう。
でもこれが現実。
ブラームスの世界はこんなもんじゃない。
もっと光に満ち溢れた意味にもとれる。
それは音楽の解釈次第。

こうも歌えたりする。
だから本当に考え方次第で
音楽の印象も変わるのだ。

短調のピアノ協奏曲だと言っても
最初っから短調なわけじゃなく
しかめっ面一辺倒ってなわけでもない。

ブラームスの音楽は、演奏次第で
幾重にも変化を遂げ、室内楽のような
繊細なニュアンスを十全に表現できるなら
森羅万象を表現するような音楽に豹変する。

是非とも聴いてみて欲しい。
横浜の自宅にて
村中大祐

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