世界で活躍するオーケストラ指揮者が語る「ボーダーレス時代のリーダーシップ」②-2

渡欧してウィーン国立音楽大学の指揮科で留学生活を始めた直後にありました。先輩のドイツ人指揮者から「お前たち日本人なんかにベートーヴェンがわかってたまるか」と言われたのです。

これはまさにカルチャーショックでした。そういうことは普通、内心では思っていても、「黙って語らず」というのがヨーロッパ人の不文律のようなものでしたが、そのドイツ人は違ったわけです。

――そんなショッキングなことを言われて、何と答えたのですか?

村中 私はとっさに切り返しました。「君たちドイツ人だけでなく、僕らのような極東の日本人にもわかるくらいベートーヴェンの音楽は素晴らしいものだし、普遍的な音楽だと思う」と。

今にして思えば、この出来事は自分自身を見つめ直す大きなチャンスであり、ある意味で「天からの問いかけ」だったのです。当時は自分でもうまく切り返したつもりだったのですが、後になればなるほど、相手が発した言葉のエネルギーがボディブローのように効いてきました。私の心の中に、「本当に自分の言った通りなのかどうか、実際はどうなのかを検証してみたい」という欲求がふつふつと湧いてきたのですね。

ここで申し上げておかなければならないのは、当時から私は、西洋人の音楽作りと自分の音楽作りにあまり大きな違いを感じていなかったということです。日本の普通の大学を卒業して、独学に近い形で音楽を勉強していたので、ウィーンには先入観なしに音楽を学びにやってきた。「当たって砕けろ」みたいな感じで留学したというか(笑)。誰かに教わった通りに音楽をやってきたわけではなく、自分の方法論は未熟ながらも確立していました。それが独学の強みでしょうか。

加えて、「これは日本人の先達に感謝しなければならないな」と思ったことが、留学当初はたくさんありました。実を言うと、私が外国で生活を始めたときの第一印象は、「なんだ、日本の方が優れているじゃないか」というものだったのです。「ヨーロッパの方が日本より優れている」とは思わず、日本の優れた文化と比べたとき、「ヨーロッパははたして本当に凄い文化と言えるのだろうか?」という疑問が先に出てきてしまったのです。

――具体的には、日本の文化のどんなところがヨーロッパに負けていないと感じたのですか。

村中 まず、「食に対する感性の違い」に驚きました。食文化において、明らかに日本の方がヨーロッパより優れていると実感できたのです。

それだけではありません。「身体が大きいヨーロッパ人には、華奢な日本人が持っている繊細さが欠如しているのではないか」と思うような場合も散見されました。たとえばサービス業でも、彼らの毎日の仕事に対する大雑把さには、日本の“お客様至上主義”と違う価値観が見え隠れしました。

端的に言うと、ウィーンでいろいろな店に入ったとき、店側に客を叱りつけるような言葉や態度が多かったことがまず印象に残りました。客を客とも思わぬ態度。そういった様子を目にすると、「日本人の社会がいかに素晴らしいか」がよく見えてきたのです。

だから、いざ音楽をするとなったとき、それがたとえ元はヨーロッパの文化であっても、日本人として音楽への感性が劣るといったコンプレックスを感じることは微塵もありませんでした。そんなことを思いながらウィーンでの生活を始めた最初の年に、「日本人にベートーヴェンがわかってたまるか」というドイツ人指揮者の言葉と出会ったので、割合と冷静に受け止められたのかもしれません。

実は、この言葉の妥当性を考えてみると、当時のヨーロッパでは意外にも「日本人の演奏家は“機械的”に演奏をする人が多い」という評価が多かったのです。これには私も正直驚きました。ドイツ人指揮者の「お前たち日本人にわかってたまるか」という発言は、実際にはヨーロッパで普通に語られるものだったのです。

それから数年経った時期、ローマに拠点を移していた私は、ある有名な国際指揮者コンクールの最終審査の対象3人の中に、100人以上の指揮者から選ばれました。その審査が終わると、1人の審査員が私のところに寄ってきて、「貴方は本当に日本で生まれたのか?」と訊くのです。私が「23歳で大学を卒業するまで日本に住んでいました」と言うと、「あり得ない!」という答えが返ってきました。

その審査員はフランス人で、私が指揮したフランス音楽、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」を聴いていたく感動してくれたらしいのですが、そのリアクションが「貴方が日本人であるわけがない! きっとイタリア生まれの日本人だろう?」でした(笑)。「貴方がリハーサルで話していたイタリア語は日本人離れしているし、音楽の語法が他の日本人音楽家のものとまったく違う。こんな日本人には初めて会った」などと言ってくれました。

最初、褒められたと思って嬉しく感じたのですが、よく考えてみれば、この審査員の言葉の裏にあったのは、「日本人は外国語が下手だし、日本人の音楽の語法は独特だから受け入れられない」という見方。明らかに私たち日本人に対する負の先入観があったのです。つまり、先のドイツ人指揮者とこのフランス人審査員は、基本的に同じ意見を持っていたのです。(to be continued)

「横浜に新しいオーケストラを作る」と私が言ったとき、彼らは笑った。でも、私が世界のクラシック音楽の祭典で 「イノヴェーション・アワード」にノミネートされると…

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