コスモポリタンの勧め①「辞書は捨てろ!」

私はこれまで、外国語を身に付けるために
途方に暮れた時期が何度もあった。

ではなぜ続けられたか?
それは「音楽」をやるために「絶対必要」だと思ったから。

カラヤンは見事なフランス語やイタリア語を話した。
むしろ英語やドイツ語は変なしゃべり方だったように思うが
ムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」を演奏するために
ロシア語も勉強し、まさに5か国語を操った天才指揮者だった。

尊敬するルービンシュタインというピアニストは、ポーランド系のユダヤ人だが、彼に憧れていた私は、彼がロシア語、ポーランド語、スペイン語、ポルトガル語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、英語、ヘブライ語と操る姿に完全に憧れを抱いていた。

私の知る限り、音楽家は7か国語くらいできる人間が殆どだから、
「できなければ音楽の世界ではやっていけない」という意識は
自分のなかに、はじめからハッキリあったと思う。

そう言うのは簡単。

だが、実際はそう上手くはいかなかった。

こちらは、日本人。
神社やお寺の文化に、カエルやクワガタと遊んで
泥だらけの和製音楽家だ。

「えらいこっちゃ...」

この言葉は英語と向き合ってから
以後延々と続くことになる。

中学高校の6年間、自分よりも英語が「できる」人に囲まれた経験。英語の成績は思わしくなかった。

でも、そんな中で、ただ一つ好きだったのは「音読」。

これはもう、日本語で「音読」が得意なのと同様、
別に音が変わるだけで、美しく流れるように
読むことを目指すのは一緒。
だから音読だけは、得意というより「好き」だった。

私の場合、外国で暮らす、という選択肢があったため
日本語をシャットアウトして、
まずドイツ語で生きる生活を選んだ。

その時の習得法がこれ。
音読が好きだ、という利点を活かしてみた。
そして煩わしい「辞書」というものを捨てた。
現場で辞書は引いている場合ではないからだ。
現場力は瞬間の判断がすべて。
それを高めるにはどうしたらよいか?
そう考えると、辞書は捨てるしかない。

画像の説明
これはルービンシュタインの自伝の1ページ。
ここにいくつか線がひいてある。

この単語は当時分からなかった単語だが
これを辞書なしで何度も読む。

そのとき音読しながら「音やコンテクストから意味を想像する」という訓練をした。

これを繰り返すうちに、不思議と想像力のなかで意味が「うっすら」浮き上がってくるようになる。

これをやり続けると、理解できる部分と、理解できない部分に分かれる。この「理解できる部分」だけで判断するチカラを養うのだ。

多分学校教育でわたしたちが習うのは、このやり方ではないはず。
でも試してみると、時間はかかるけれども効果は絶大。

「想像力」と「現場力」がこれで鍛えられるわけ。

だから「辞書を捨てろ!」なのだ。

私はこの方法でできなかったドイツ語を習得した。
そしてこれはすべての外国語に通用するはず。
英語で10年以上も学校教育のなかでアルファベットに
慣れ親しんだ日本人には、おすすめ。

コメント


認証コード0374

コメントは管理者の承認後に表示されます。