【一流と超一流の違い】

どうも。村中です。

 

実は今日のメルマガでは

一流と超一流の違いについて語ろうと思ったのですね。

そこでオーケストラを例にとって

話を進めることにしました。

 

突き詰めると

この話は「価値観」の問題になるのです。

 

何をもって「超一流」とするのか。

 

私は自分の師匠ペーター・マークとは

考え方、つまり音楽についての価値観が

かなりの範囲で一緒だったので

長期間一緒に音楽づくりをできました。

 

でも、仮にこの価値観が近くなければ

多分一緒に居ることはおろか

仕事をするのも無理だったでしょう。

 

あり得ない程高いレベルで

師匠と価値観を共有できたことは

本当に幸せでしたし、それによって

私の音楽家としての道ができあがったのです。

 

やはり話はピアノとオペラになっていきます。

これは私が長年取り組んだ課題でもあります。

私の音楽生活は、オーケストラ作品の指揮を除いては

主にこの2点に絞られてきます。

 

ですからその2点について深く深く掘り下げて

お話しようと思い、メルマガを書いています。

 

この2点の重要性を理解すると同時に

更に言えば「歌曲」の分野も

体験が必要だと言いたいのは山々ですが

そこはまた、マニアックな話になるので

すぐにはお話しません。

 

でもいずれ、この話も重要になってくるので

取り上げてみようと思います。

 

音楽の深みを感じるためには

単なる知識を振りかざすだけではすまされないのです。

 

ホンモノの体験と知見を

自分の深いところに蓄積する必要があります。

 

でも安心してください。

そこはきちんとお教え出来ると思います。

 

大事なことは、自分をオープンにして

余計な考えを捨てて

感じてみることです。

 

これはクラシック音楽の処方箋①で

お話ししていることなのですが

既にご覧になりましたか?

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こちらからご覧いただけます。

音楽を感じるためにも

常に「処方箋」に戻ってみて下さい。

そうすればソクラテスの知のようなものを

いずれ体得できる日が来るでしょう。

 

私たち日本人の教育というのは

どう考えても知識偏重だったのです。

 

それを打ち破るには、自分の感性を磨くしかない。

 

そのためにクラシック音楽は素晴らしい成果が

既に実証済みなのです。

 

一流と言われる人は「知る」ことが得意です。

でも超一流の人は、一度その「知る」を捨てることができます。

 

私たちは「知る」教育から、その先に行きます。

 

「知る」を捨てて、「体験知」を得る。

 

それは自分のなかの感性のなかに

言葉を得るプロセスです。

 

自分のいびつな感情や感覚。

それを言語化して

自分独自の言葉として

アウトプットするのです。

それが超一流の手法です。

 

オリジナルな自分自身をアウトプットする手法。

 

この「体験知」のプログラムを

音楽を通じてお話して参ります。

 

今日も素敵な一日を。

村中大祐

 

 

 

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