「鎮守の森・記憶の森™」

鎮守の森・記憶の森へ

●「鎮守の森・記憶の森」構想について(村中大祐のことば)
森はひとの記憶と繋がっています。森には人々の暮らしの記憶が存在するのです。長い年月に亘り培われた記憶は、自然の奥底に沈殿し、多くのひとの記憶を経て豊かに育ち、それが森となる、というのが、わたしのアーティストとしての森に対する見方です。森の木を伐採し、その樹を使って家を建てることは、昔から行われてきた人間の営みでした。でもその森に住むひとびとは、森のなかに自らの記憶を植え付けてきたのです。そしてその記憶は親から子へと、代々歌い継がれてきました。
わたしは幼いころ、横浜と鎌倉の境を通る「かまくらみち」界隈に住んでおりました。そこには木々が鬱蒼としげる森が、氏神様でもある舞岡八幡宮の御神体として四方に広がり、私ども子供達はそこでカブトムシやクワガタを取り、野鳥を追いかけまわし、時には蜂の巣を攻略してスズメバチに追い回されたりと、腕白三昧の毎日を繰り広げておりました。ザリガニ釣りをして近所の沼から100尾以上の大漁となったこともあります。ですが宅地開発の森林伐採により、その昔私どもが分け入った動物たちの棲家のほとんどが様変わりし、八幡宮の裏山にあたる県立舞岡公園以外、何も残らなかったのです。ただ、その胸に「かまくらみち」と「ぐめうじみち」の道標となる庚申塚を抱きながら、ニ百数十年の間この場所守り続けてきた老木「スダジイ」だけが、道路建築計画の狭間でひっそりと佇んでいます。私たちが子供のときに見た「記憶の風景」を、これからの子供たちが見ることは、もうできなくなってしまったのです。
こういった日本古来の風景を、現在は「里山」という形で呼ぶことが多いようです。こういった日本各地に残っている原風景を見て回ると、必ずと言っていいほどに神社の存在、そして、その社を囲む「鎮守の森」たちに行き当ります。そしてこの「鎮守の森」を、日本人は古くから神社の御神体として崇め奉ったのです。我々の祖先が畏れ敬った「目に見えない」風景を共有することが、その地方に伝わる「祭り」でした。そして先祖代々伝わる「鎮守の森」の「自然」を畏れ、敬い、そして何より「受け継ぐ」ことが、実は日本文化の原風景で
あったような気がするのです。それこそが日本に古くから伝わる「祭り」の意義なのではないでしょうか。
私は1997年から2011年までイタリアのローマを指揮音楽活動のひとつの拠点としておりました。ローマの街と言えば、数あるヨーロッパ諸国の中でも特に遺跡が多いことで知られております。ローマ時代の遺跡は言うに及ばず、ローマから西南にトゥスコラーナ街道を進むと、ローマ人以前のエトルリア人の遺跡が、円形劇場とともにTusculum(トゥスクルム)という形で存在します。そこは海抜約400mの高台にある、森に囲まれた素敵な草原です。この場所を3000年に亘り、世界中の人間が共有してきました。そこを訪れたゲーテは、その素晴らしさを堪能し、後に多くの芸術家や思想家がこの場所を訪れます。マネという絵描きもこの風景に深く感銘を受け、この記憶を絵にしたためた一人です。
音楽はベートーヴェン以降「自然」を表現し続けてきました。音楽という「世界の共通言語」によって、今一度「鎮守の森」に代表される「日本の自然」を皆さんとともに体感し、「自然との共生」について考えたい、というのがこのプロジェクトの大切なコンセプトです。

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