長い物に巻かれる前に、巻き取ってしまえ!という奇想天外な方法論とは?

二極化について。
本当の二極化とは何か。
変えたい人
変わって欲しくない人
これじゃないかな。
変えたい、と言っても
どこを変えたら良いか?
考えていないし。
変わって欲しくない人は
これまで通りで
安心して(不満ではあっても)
生きていたい。
これらを否定することは
ある意味タブーだし
消し去られる以前に
相手にさえしてもらえない。
外国でかろうじて
変えられる場合もあったのは
おそらくキリスト教の習慣が
助けてくれたから。
つまり、絶対的な価値の存在。
例えば音楽。
美しいものは素晴らしい
という価値。
だから、先ず
徹底して理想を論ずる。
これが、日本に来ると
「綺麗な水に魚は住まない」
と誰もが言う。笑
この辺りの整理、
あなた、ついてる?
美しいものは素晴らしい
と言いながら
綺麗な水には魚は住まない、と
言うその口。
そこの整理が
こころの整理というか
考えがまとまっていれば
それはそれでいいと思う。
そういう国にするんだろ?
つまり、美しいものは
どこかでバランスをとらないと
心配になるんだよね。
徹底的に考えるというのを
そこで否定していく。
先ずはやってみないと
分からないのに
理屈だけで
最終的には美しいものを
生み出す前に
手垢にまみれさせ
欲や権謀に明け暮れて
美しいものは表に出られない。
つまりね。単純な構図なんだ。
バランスを取るとか
程よくとか
結構、そういう言い方をして
「分かるよね?」とやられれば
あなたの純粋な想いや
意見は通らなくなる社会だったのが
昭和なんだよ。
それを平成で
「変えたい、変えなければならない」
と思う人達が出て来て
結果的には何も変えられなかった。
もう一度言うけれど
美しいものも
キレイゴトも
一度は現実にしてから
バランスを取らないとダメなんだよ。
それらを産み出す努力をしてから
「きたない水も必要だ」という
議論をしていくもんなんだ。
それを、黙らせるための虚構が
この社会には存在する。
これは音楽の世界を見れば
明らかになってくる。
長い間、日本の独特な
「重くるしい音」があった。
それは発展途上の音だと
そう思っていたんだよ。
あるいは、独特な湿気を含んだ音。
ドスンと落ちてしまう音。
チカラの入った音。
そこに「たおやか」とも言える
清々しい音はなかったはず。
それが、急に世代が変わって
「たおやか」と思える音が
沢山生まれて来るようになった。
それは、平成の財産だと思う。
そして、これが社会の音なんだ。
皆が、無意識のうちに
豊かさに慣れ
「たおやか」や「理想」を
少しずつカタチにするようになった
その明らかな証拠だ。
だから、平成には意味があった。
でも、権力というものが
変わりたくない人間たちのなかで
それは日本の全てのセクターで
うごめいている。
そこで大切な考え方があるのは
何度も言うけれど
美しいものや理想を追う生き方
これは、やってみたらいいんだ。
そういうVisionヴィジョンを
ちゃんと未来に向けて
示すのが僕たちの仕事だ。
それができているか?
この機会に自問自答するべきだ。
ある意味、政権が変わる節目で
人は他人の動向ばかりを気にする。
でも、あなたがどういう社会を
実現したいのか。
その青写真が「ない」ことが原因で
政治家に
理想が存在しないのでは?
これは自問自答の対話。
私も気が付いて書いている。
この社会の「体たらく」を嘆くなら
それは「あなた」の責任。
もちろん「わたし」の責任でもあるから
今から未来の理想社会を
思い描こうと思う。
むーらん

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