無料メルマガ登録はこちら!

こちら☟から無料書籍や公演ビデオをゲットしてください!

【指揮者村中大祐メルマガMuranplanet】2018
お名前
メールアドレス

【150円の哲学とは?】

無料メルマガ登録はこちら!

こちら☟から無料書籍や公演ビデオをゲットしてください!

【指揮者村中大祐メルマガMuranplanet】2018
お名前
メールアドレス

今朝、友人と話していて気づいた話しなんだけどね。

俺たち日本人って、コーヒー☕好きだよね。

でも考えてみたら、昔はスタバとかドトールとかないし。

喫茶店で飲むコーヒーに1000円払ってた。いわば場所代。

 

 

そんな座ってゆっくりが、日本人の定番だけど。

ウィーンからイタリアに移住してみてさ。

先ず驚いたのは、カフェで座ったらチャージされるわけ。

それこそイタリア人との会話は座ってやらないし。

立ったまま会話するの。(^^)

だってイタリア人は立ち飲みコーヒー1ユーロ!なわけさ。

つまりイタリア人は、コーヒー立ち飲み150円に、もうほとんど命かけてるわけ。

 

 

それにイタリアでは飲む人によって、飲み方に違いがあるんだよね。

ある人はtazza☕じゃなく、vetroつまりグラスの小さなヤツで飲む。

ある人はカフェインなし。

ある人は牛乳多めとか。
酒を入れて、とか。

もう本当にカフェテリアは朝、まるで戦場になるわけ(^^)。

 

 

みんなそれぞれに自分の飲み方があるもんだから、それにバリスタがいちいち対応するの。

それは文化だね。毎日生きる中に、自分のスタイルを感じる瞬間なんだね。あれは。

 

 

でもね。Lavazzaとか高い機械を使っても、結局淹れるのは人間なんだよね。

人間がどこまで美味いコーヒーを淹れることができるか?

バリスタはもう必死だよね。

そこはもう哲学なわけ。

150円の哲学。(^^)

 

 

日本人にも似てると思うよ。
ただし、昔だからね。言っとくけど。

今じゃ、全然違う。
きっと戦後に変わったんじゃないないかな。

 

 

これ、つまりさ。

お金をかけない場所でも、というか、

お金がかからない一杯のコーヒーだからこそ、

自分の信じる世界を大事にしてる、ってことなんじゃないか。

 

 

日本人も似てるとこあるよ。
コーヒーに命かけてる人が多いし。

 

えっ?

 

イタリアみたいな国になりたくない?

 

心配するなよ。

多分なるよ。もうすぐ。

見ててご覧。きっとこれまで乗っかってきたシステムは

全部崩壊するだろうね。

 

 

だって、ちゃんと検証しないんだもの。

何やったってやりっ放し。

本当のことをきちんと情報を出して

議論したことなんて、

戦後1度だってやったことあるかい?

 

今まではそれでよかったんだ。

でも本気でアメリカを真似るのなら

アメリカの本質を真似るべきだったな。

 

真似る前に、しっかり相手の本質を見抜かないと。

そして今世界で何が起こっているのか。

肌で何か感じたなら、その違和感を哲学すればいい。

 

 

 

でもね。その昔の日本人と似てるイタリア人だけどね。

あの人たち、少なくとも自由なんだよ。

其処がどうやら俺たちと。。。違うんだな。

 

 

だってさ。バリスタは朝の忙しい時間に、

みんなが違うことを言う世界を、

当たり前のように受けとめて、対応するんだぜ。(^^)

白人が来ようが、黄色が来ようが、黒人が来ようが。

とにかく全部受け止めて。

 

 

奴らの凄さは、おもてなし、とかじゃなく

ちゃんと真っすぐ「俺たちの世界へようこそ」なわけじゃない?

そこに来たら、それらしく振舞わないとダメなんだ。

 

 

えっ?何がイタリア流かって?

良い質問だねえ。(笑)

 

俺だってイタリアに居るときはイタリア流に振舞うよ。

つまりイタリア人ってのは

みんなそれぞれに、言いたいことがあるんだよ。

それを我慢してないんだよ。ぶつけてくる。

ぶつけないと、バリスタは訊いてくるんだ。

「あんた、どうすんの?」って。

 

 

答えられるかい?
そこだろ?問題は?

 

 

あんたなら、コーヒーどうやって飲むんだい?って訊かれて

すぐ答えられれば合格。

イタリアにいると、朝からコレを突きつけられる。

あんた、どんなコーヒー☕好きなの?ってね。

 

 

自分で決めるしかないんだよ。

そうやって自分で決める一瞬一瞬が積み重なっていくわけ。

それが違いになるんだよ。
分かる?其処が違うんだ。

 

 

良い悪いじゃない。
やっぱり俺たちとは違う国なんだよ。

だからイタリアには
L’arte di arrangiarsi という言葉が生まれたのかもしれない。

英語で言えばThe Art of Self-Arrangementとでも言うかな。

 

 

とにかく何かで行き詰まると、

アイツら必ず智慧を出して、その場を何とかしてくる。

追いつめられると、力が出ることを知ってるんだろうな。

そこが天才と凡人の違いなんだろう。

とにかく自分たちが追いつめられるのを

逆に楽しんでるような節があるね。

 

だから日本人の真面目とも、ちょっと違うんだよね。

日本人と外観は微妙に違うだけなんだけどさ。

でもイタリア人の中身は本当にたくましいもんだ。

政治家に期待なんて、している人に会ったことない。

 

 

世の中、とにかく生き延びて、

とにかく愉しむこと。泣き笑い。全部。これ人生、みたいな。(^^)

 

 

日本人と似てる?

確かに近いんだ。

でも微妙に違うんだよね。

 

 

やっぱりお上に頼ってるところが、イタリア人との決定的な違いかな。

イタリアに安定とか、辞書にないんじゃないか。(^^)

だから何でも自分で決めるんだよ。

日本人はその辺り、考えられないくらい、安定を求める人の集まり。

 

 

これからの時代はさ。

ピザとかカンツォーネだとか

馬鹿にするばかりじゃなくて

感触が確かめ易いイタリア人の生き方から、

生き延びる術、つまり
L’arte di arrangiarsiを学べ、と言いたい。

訳せば「とにかく何とかする術」。

自分で決める。自分でやってみる。

まあ、とにかく何とかするわけ。(^^)

イタリア人の生き方って
結構参考になると思うんだよね。

今日も素敵な一日を!
村中大祐

無料メルマガ登録はこちら!

こちら☟から無料書籍や公演ビデオをゲットしてください!

【指揮者村中大祐メルマガMuranplanet】2018
お名前
メールアドレス

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です