オタクのつぶやき④「自己流礼賛」

From:村中大祐

私の場合、日本で独学でやっていた方法論が
実はウィーンで絶賛されていた。

あまりこれは言わないでおこうと思った。
何故なら音楽家の皆様から嫉妬がスゴイから。

日本人はいい加減に目を覚まさないといけない。

物事の「本質論」とは
要するに「自分がどう世界を観るか」であって
「人がどう観るか」を真似ることではない。

茶道などもそうだが
型から入ると「ラク」だと思っているなら
それは真っ赤な大嘘で

ある時期から「自分らしさ」を求められると
型に縛られて出られなくなる。

最初に型ありきではなく
最初に「自分の方法論」ありき。

そこから自然に型は削られて
生まれ出ずるものである。

日本人の教え方の順序は…

ここから先はこちら↓から

=======================

From:村中大祐

私の場合、日本で独学でやっていた方法論が
実はウィーンで絶賛されていた。

あまりこれは言わないでおこうと思った。
何故なら音楽家の皆様から嫉妬がスゴイから。

日本人はいい加減に目を覚まさないといけない。

物事の「本質論」とは
要するに「自分がどう世界を観るか」であって
「人がどう観るか」を真似ることではない。

茶道などもそうだが
型から入ると「ラク」だと思っているなら
それは真っ赤な大嘘で

ある時期から「自分らしさ」を求められると
型に縛られて出られなくなる。

最初に型ありきではなく
最初に「自分の方法論」ありき。

そこから自然に型は削られて
生まれ出ずるものである。

日本人の教え方の順序はすべて逆。
昨今ではかなり改善されたとは言え
やはり「教わる」ことに変わりはない。

だが教わる以前に、盗むなら
それは自分のもの。

そう言う意味から言うなら
私が独学を基礎として
西洋音楽を学んだことは
何より「自分」とウィーンの伝統が
直結したのを目の当たりにして

自分のやり方・感じ方こそが
コアでなければならない

そう感じたのだ。

それは前回書いた「実体験」。
自分の体験として感じること以外にないのである。

私の場合、それはライブにヨーロッパの人たちの
演奏に接すること。
そして
FMのエアチェックだった。

画像の説明

昔FMのエアチェックについては
雑誌のインタビューに取り上げられたことがあるが
私が初めて録音したのは
カラヤン指揮ベルリン・フィルが演奏する
ベートーヴェンの第九を
オヤジの古い英語勉強用の機械で
録音することだった。

それが数年後にはオープンリールデッキへと
進化したのだ。

ここから私のオタク歴は
どうやら始まるらしい。

続きは明日。
素敵な一日を!
横浜の自宅から
村中大祐

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です