声から観える世界観

声を扱う時に
一番大事にするのは、「光」。

光が差すかどうか。
そこが大事。

意味分かんない人は
説明しても分かんないと思う。

これは、感覚的に日頃から
感じているか?

それを大事にしているか?の話。

だから、無理に分かる必要はないと思う。

いつも言っているのと同じ。笑

自分に嘘はつかないほうがいい。
わかったフリしても、碌なことないから。

ここでは「声」と言ってるけれど
全てに通ずる話で。。。

人に会った時に
その人が一番ヒカル瞬間と同じことになるが

そことは微妙に違うのは
声の場合、実際に「聴こえる」こと。

人に会った時に「ヒカル」ってのは
目に見えないもの。

でも声は「聴こえてしまう」もの。

だから、非常に具体的なわけ。

でも具体的なものだけに
その奥に光を感じるのは
結構難しいのかもしれないなぁ。

ピアノの音。

これもまた、音のなかに
光があるかどうかは
人それぞれの感触だと思うけれど

わたしは少なくとも
12~3歳くらいでそれを観て
音楽をやろうと思ったから

その光ってのは
今でも続いていて

ある意味では、そこいらじゅうにある
転がっている音のなかに
違和感を感じるひとつの原因にもなっている。

穢れというと
日本人には分かりやすいけれど

この対極にある光だと
穢れなき光になる。

でも、なにかこう
そういう穢れの対極ではない
結構あたたかい光のようなものが

僕が思っている光だったりする。

人には光が差すことがあって
その光に気が付くと
人生は一筋の道になるんだ。

きっと。

むーらん

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