指揮者というものは
自分の身体というフィルターを音が付き抜けて行く。
そのフィルターがある意味色彩につながる。
私の場合、やはりウィーンに住んだとか
東京外語大でドイツ語を専攻したとか
昔からドイツ音楽に親しんだとか
色々な要素はあったとしても
自分の身体と音の間にAffinityアフィニティ(一体感)がなければ
これはどうにもならないものだと思う。
一つ例を挙げると、イタリア人がロッシーニを指揮するのが上手いのは
彼らの身体にbrio(ブリオ華やかさ)のような粒子や波動があるためだ。
私は、それゆえに、ロッシーニは苦手分野だ。イタリア人のようなブリオは出て来ない。
因みにAffinityとは「親和性」と訳されるが、私はこの訳ではピントが合わないので
取りあえず「一体感」としておく。日本語のニュアンスはこちらの方が近い。
10月の公演で演奏するブラームスやシューマンは
自分の体とのAffinitiyが一番しっくりくる。
だから今まで数多く演奏して来た作曲家でもある。
でも多くの人はこれを「ドイツ音楽」と呼ぶかもしれない。
さあ、問題はここから。
果たして本当にそうだろうか?
Herbert von Karajan(カラヤン)という指揮者。
皆さんご存知の大指揮者だが
彼の凄さはどこか?
分析すると色々挙げられる。
1)発明家:スターシステムを生み出した(またこれについては書くとして)
2)演出家:光と影を用いて音楽を邪魔しない演出を心がけた(トスカニーニもマーラーもやっていた2足の草鞋だ)
3)実験好き:録音やヴィデオと言った最新の科学技術を音楽の世界に持ち込んだ
4)東洋好き:ヨガを自身の成長の糧とした(西と東のベクトル)
5)地中海的:実はギリシャ人の家系(カラヤノス)[→](つまり北と南のベクトル)
6)全部暗部で指揮した。オペラも。
7)若い人を沢山育てた
他にも沢山挙げられるが、今日はひとつだけ。
北と南のベクトル。
これを持つことはとても重要。ヨーロッパを知る上で大切なこと。
すべてのヨーロッパ知性はこの南北の対比の上に生まれたと言ってもよい。
カラヤンはギリシャの資質も持っていたのだろうが
生粋のザルツブルク・オーストリア人で、もちろんドイツ語が基本。
でも彼の話すイタリア語、フランス語は本当に見事だった。
戦時中ナチスの力を使いながらアーヘンやベルリンの歌劇場でのし上がり
戦後はそのために演奏禁止となって
40代半ばをイタリアのトリエステで観光通訳をしながら
生計を立てていたことはあまり知られていない。
だがこの時期に自分のレパートリーを拡充、確固たるものとし
突然ミラノ・スカラ座の音楽監督に就任する。
その時彼を引き立てたのはイタリア人大指揮者のヴィクトール・デ・サーバタ。
彼はトリエステ出身の大指揮者だったが、カラヤンを音楽監督に登用したのは
おそらく同じトリエステ出身の作曲家デ・バーンフィールド男爵だろうと思われる。
ここでカラヤンが得たものは何を隠そう「生きたイタリア語」である。
このイタリア語をできるようにすること、
それ自体が、自分の身体にある程度の可能性を与えることになるのだ。
これは南北のベクトルをカラヤンが非常に重要視した話だが、
東西のベクトルも彼は大事にしていて
ヘリゲルの「弓と禅」についても非常に詳しく
その禅的思想への理解は「音楽の深さ」へと繋がっていく。
チェリビダッケという指揮者も禅に関心があったが
やはり違ったベクトルを持つことで、幅が広がるわけだ。
指揮者はその身体を音が付き抜ける。
その時自分の全存在が、ある意味音のフィルターとして
微妙な色合いを重ねてゆくものである。
私の場合もイタリア語によってイタリアの色を得たことは
本来ドイツ・ロマンティックという時代の音楽を演奏するのに
大いに役に立った。
私の知る限り、殆どの優れた演奏家が5~6か国語を使いながら
この仕事をするのには、実は理由があったということだ。
今まではあまりハッキリと言わなかった。それは様々な人達への
敬意もあって、あまりハッキリとは語らなかったが、もういいだろう。
いくつかの言葉を使うことは、ある意味当たり前のことであって
できなければ、それだけ大きな損失になるということ。
だから若い音楽家に伝えておく。
語学は勉強するのではなく、できるようにするものだ。
私はそのお蔭で本当に多くの智慧と感性が与えられた。
できない人達からすれば、憎しみの対象になるかもしれないが
敢えて言っておく。若いうちに5か国語くらいやっておけ。
そうすれば後ですごく役に立つときがくる。
言葉は手段でしかない。されど言葉は大切だ。
Affinityを獲得するために、手段は選ぶな。
全てを学び、すべてを獲得せよ。
それしか他に成長する道はない。
技術に溺れ、技術や表層だけにとどまるなかれ。
自分の中にあるものと、音とのAffinityを探り
自分独自の音を探れば、きっと世界が認めるだろう。
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