明日4月9日(日)15時から「音のソムリエ茶会」でお話しする内容は、まあ言ってみれば、「指揮者の変遷から見た21世紀のリーダー像」みたいなものだ。
これまで「継承と創造」について、割合に詳しくお話してきた。
それはそれで、自分の経験に基づいたストーリーがあるからこそお話ができるのであって、誰かから何かを受け継いだハッキリとした記憶というか意識がないと、なかなかに気が付けないものだと思う。
私はウィーン時代に大指揮者、ブルーノ・ワルターのスコアを研究し、その殆どすべてを自分のスコアに書き写す作業を、指揮科の授業をさぼってやっていたことがある。半年くらいはかかっただろうか。
そんなある時、ひょんなことから亡くなった指揮者のカルロス・クライバーにお会いしたこともある。そのスコアの存在を知っていたクライバーが、やはりワルターのスコアやパート譜を研究に来ていたのだ。
私はワルターのマーラーのスコアに時折出てくるflott(速く)という言葉やwarm(温かく)と言った表情を指し示す書き込みを見ながら、本当に当時感激していた。
でもこの作業から得られたものは、意外にももっと別なところにあった。
ワルターのいくつかの書物や、マーラーについての伝承を読むにつれ、ワルターがいかにマーラーから多くを得たかを思い知ったし、ワルターが指揮したモーツァルトのドン・ジョヴァンニのザルツブルク音楽祭での録音や、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場での録音を聴いてみると、いかにワルターが素晴らしいモーツァルトの伝統をマーラーから受け継いだかがわかるというものだ。
それを受け継いだのは、実は他でもない、日本人のある世代には熱狂的に受け入れられているカール・ベームである。
指揮者にはもう一つの重要な流れがある。
マーラーとニューヨークで覇権を争ったトスカニーニに端を発した指揮者像だ。実はこのトスカニーニ、マーラーをある意味ニューヨークで追い落とし、アメリカでも大成功を収めるのだが、ナチスがドイツで政権を掌握するまでは、ヨーロッパの覇権は彼の手中にあった。
フルトヴェングラーの名前が出ないので、おかしいじゃないか、と言う方もおられるだろう。だが、フルトヴェングラーはある意味ワインガルトナーやマーラーと同じく、作曲家兼指揮者の部類であり、少し流れが違うというのが私の見解である。
トスカニーニの事実上の継承者と言えば、メトロポリタン歌劇場で20代半ばからワーグナーの指揮を一手に任されていたエーリッヒ・ラインスドルフの名前が挙がる。彼のワーグナーを聴くことは、ある意味トスカニーニのワーグナーを聴くに等しい。
彼がザルツブルク音楽祭でトスカニーニのアシスタントとして動きながら、その後ボローニャ歌劇場で指揮をしていたことは、何よりの証拠である。そしてもう一人、ゲオルク・ショルティがいるが、ショルティはむしろヨーロッパで、戦後ユダヤ人として独自の地位を築き、その姿は同じユダヤ人のラインスドルフとは対照的だ。いずれもトスカニーニの影響を色濃く残した指揮者だという意味で、「継承者」なのである。
ナチスドイツに加担したフルトヴェングラーとカラヤンは、いずれも戦後活動停止処分となるが、二人ともイタリアを極めてよく知る指揮者として有名である。
フルトヴェングラーは父親が考古学者ということもあり、成長期のかなりの時期をイタリア・ローマで過ごしている。
またカラヤンはその戦後の演奏停止状態の間に、イタリアのトリエステで旅行ガイドをやりながら生計をたて、かつてのレパートリーの習熟に務めたという。
私がトリエステに90年代に仕事に行った際、ヴェルディ歌劇場のデ・バーンフィールド男爵と知り合ったが、男爵はカラヤンと昵懇の間柄で、彼がカラヤンをミラノ・スカラ座の芸術監督で指揮者のヴィクトール・デ・サーバタに紹介したことは、周知の事実である。カラヤンは実は、ミラノから戦後の逆転劇を開始するのだ。
このカラヤン以前とカラヤン以降で、指揮者像がどのように変化し、現在の潮流がどのようなものであるか。
これを知ることは、極めてこれからの世の中の変化にとって重要な話となるように思う。
ある特定の指揮者のポストが、これまで現代社会に与えて来たインパクトがいかに大きいものであるか。
因みに一つの例をお話しよう。
現ローマ法王の前任者は、実は辞任しているのをご存知だろうか?
その前に重要なポストを辞任したのは、実はベルリン・フィルの常任指揮者、クラウディオ・アッバードである。
カラヤンの時代、ローマ法王とベルリン・フィルの常任指揮者は
終身制であったのだから、アッバードが体調を理由に次の指揮者に常任指揮者の職務を引き継いだ、ということは、実は革命だったと言える。
貴方はその時代の変化に気が付いていただろうか?
そんなお話を中心に進めていくので、是非ともお楽しみに。
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