【ムーラン流:決死の覚悟でヨーロッパ】第1話

そうね。30年前の5月20日に

ウィーンに向かった私は、

最初フランクフルトからミュンヘンに向かった。

ミュンヘンでは2週間、

日本でお世話になった

オーストリア人のドイツ語の先生のオバサンの家に居候することになり。

そこでミュンヘンのバイエルン国立歌劇場とか、

VolksTheaterとかを訪れて、

確かR.シュトラウスの「インテルメッツォ」と

ゲーテの「ファウスト」を観たはず。

因みにインテルメッツォは、

日本でもサントリーホール・オペラで活躍した

グスタフ・クーンが指揮をして、

主役は英国人の合唱からソリストに抜擢された(英国では普通のことだけれど)、

フェリシティ・ロットが見事な歌唱を披露した。

まるで往年のエリザベート・シュヴァルツコップフのようだったのを覚えてる。

彼女は本当にドイツ語のディクションが素晴らしかった。

さて。。。

その後6時間だったか。

ミュンヘンからウィーンに電車で向かったのは良いけれど、

西駅に着くと佐藤喜美子先生が待って居てくださった。

確かそうだったように記憶する。

そして彼女がウィーンの商工会議所の会頭を知っていて、

ザルツブリュンさんという人で、彼の持ちマンションの一室を借りることに。

その名も16区のGrundstein Gasse.

礎石=Grundstein
礎石通りという縁起の良い名前に痺れた。

でもHeizung、つまり暖房は効かなかった。まったく。

最初の冬だったか。マイナス28度だったのに。(笑)

むーらん

追伸:もう30年か。年取るわけだ。(笑)

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