吉田さんちに行って来たのかもしれない話。

さて。今日は書くことが多い。
吉田茂の回顧十年、という作品を読みだした。理由はオヤジの形見だから。

わたしのオヤジは政治家志望だったらしく、原敬やら吉田茂の本が、横文字のひとたちに交じって並んでいた。

このところ、我が家のデトックスも兼ねて、書庫の整理をしており、かなりの量の本を捨てたのだけれど

その中にオヤジの形見も残っていたというわけ。

ちょうど吉田茂やら、その右腕と言われて一世を風靡したはずの白洲二郎が、アメリカ在住のスタンフォード大学某氏によってマーケティングの餌食となり、まったく印象が変わってしまったこともあるので。興味が沸いた。(笑)

私は外圧というものがあるとすれば、それを一番行使するのは、外国に在住する日本人だと思っていて、特にこういうマーケティングのチカラで私たちの「洗脳を一掃する」みたいな、マーケティングキャンぺーンが一番キライ。

だから敢えて、ここで言わせてもらう。

私も海外在住だったことから、凄く分かるのは
海外で活躍したって、日本では評価は低いわけだし
日本でも「尊敬されたい」んだろうと思う。

わかるよ。

だけどさ。洗脳を一掃したとしても
史実を自分だけが見ることができるのって
ある意味、これまでのやり方と変わらなくない?

卑怯だよ。やっぱり。そういうの。

死人に口なし、かもしれないけど
それならそれで
学者ならさ。史実の根拠とか、語る際に全部証拠として
注釈付けてやったら良いのに。

それをやると、「売れない」からやらないんだよ。

だって、販売目的だもの。

利益を上げるのは良い。それがビジネスの基本だ。

でも、本来なら学者の立ち位置で
モノ申すはずが
学者の立ち位置でモノ申すことになってない。

だって、史実とか根拠とか
結局これまでの歴史を批判したところで
根拠を示さなければ
アメリカのスタンフォードの資料を
順を追って全部みせてもらわないと

検証できないじゃない。

日本人に足りないところを、ハッキリ言って
補えていないじゃない!!!

わたしら、日本人はさ。
戦後70年以上、検証できないで生きて来たんだよ。

だったら、外国のエライ先生だったら
なぜ、検証できる材料を全部開示して
話してくれないんだよ!!!

私はいつも広告をみながら
西先生(あ、言っちゃった)のことを
そうやって眺めてる。

みんなが尊敬する偉大な人なんでしょ?

だったら、もっと外国から日本を観て
足りないとこ、補ってもらわないと困るよ。

過去の人物の批判しても
日本人のプライド、取り戻せないよ。

だから、しょうがない。
オヤジが遺してくれた「回顧十年」読んでみようと。

そういうことなの。

アマゾンでも売ってる。
興味があれば。

面白い本だよ。

むーらん

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です