近頃すっかり伊太利亜的なものが
俺の身の回りから姿を消しつつある。
そんな中でMacchinetta (マッキネッタ)の奴だけが
どう云う訳か、依然俺の生活圏内にしぶとく居座っている。
ぞんざいに扱おうものなら、何かもの言いたげに蒸気を吹き上げて
俺に対するその熱い思いだけは、どういうわけか本物らしい。
彼女は3人用だが、俺が毎日独り占めにしている。
ひたひたに水を浸してやると
底からぼこぼこと湧き上がってくるエスプレッソは、
普通のマグカップに半分ってとこだ。
それが俺の昼食後の適量。
甘さは砂糖小さじ2杯より少し多めに。
イギリスのミルクテイーに慣れたせいか
この上にミルクが加算されて、昼食後の目覚まし代わりとなるわけだ。
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こいつは、どこに行っても手に入るし
味も何もかもが、伊太利亜に居たころと全く変わりがない。
極めて献身的で、裏切らないfedele=フェデーレ(忠誠を尽くす)な女と言えば
こいつだけだろうか。
形状からすれば女とはいえないかもしれないが。
まあそこは許されたし。
女性名詞なのだから。
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今から一年ほど前、ローマのCastel Sant’Angelo(サンタンジェロ城)の前にある
Trattoria “Le Streghe” (「魔女の館」とでも訳しておこう。)で
いつものように友人の画家Sergio=セルジョと落ち合った。
その数日後二人とも殆ど同時にローマの街から旅立つことになるため
他の友人たちと別れの杯を交わすために、例によって「魔女」に集合というわけだ。
「ダイ、お前もローマから脱出か。
俺もだ。俺はストックホルムに行く。
俺達アーテイストは鼻が利くな。
俺は人生の大半をロスとローマで過ごしたが
ローマはかつての輝きを失った。もう用はない。
Qui dentro , c’e tutta Roma.
Dovunque vado, Roma è con me.
俺の中にローマが全部入ってる。
どこへ行こうが、俺はローマと共にある。」
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セルジョよ。一年前のあのときは、お前の言葉に感心もしたが
実はマッキネッタさえあれば、この俺だってどこへでも行けるのさ。
俺は自分の中のローマをどこかへ持っていく必要はないし
俺の中にローマが全部入ってるわけでもない。
でもこいつがこの俺を裏切らず、この味を保って忠誠を誓う限り
俺は安心していつでもローマへと戻れるのだ。
味と香りの記憶。。。。
大したものだ。
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