【Be Gentle だけど、なめられてはいけない話】

小保方晴子さんが
マスコミから批判を受けた時

私はまだ30代の未来ある
若い研究者だった彼女が受けた
その痛みを考えた。

そして
「あ、またやってる」
と思った。

私も、あそこまでは行かないけれど
32歳の頃から
日本で、周囲からかなりやられたから

気持ちは分からなくはない。

だから実は、あの話。
人ごとではなかった。

あの時の異様さは
自分の事と重ねて感じたのだろう、と
理解していたのだが

あれからかなりの時間が経過してみて
冷静に俯瞰してみると
いろいろなことが分かって来る。

日本では
女性が血祭りにあげられる時
かなり酷いやり方をするようなのだ。

これをまた
女性が一緒になってやるから
始末が悪いようにも思う。

今回の東京都知事に対する書籍。

これも女性の手になるものらしい。

ベストセラーだそうだが
私は読む気がしない。

だから、本の中身は知らない。

ただ、自分としては
人を貶める行為が
この国の通例に
なっている「気が」する。

それを一人の日本人として
「恥ずかしい」と感じている。

本の中身を
多くの人が語る

その語り口を
横目でみるにつけ

「あなたは過ちを犯したことはないのか?」

そう訊きたくなるのだ。

娯楽大作?ベストセラー?

私の周囲にいる「優秀な」男性たちは
皆でこの本を褒めたたえている。

そして一人の女が犯した罪に言及する。
それもまた、常套手段かもしれない。

だが、考えてみれば
男が政治をするとき

少々のミスや、無礼は許されているはず。
酷い場合は謝罪さえない。

それを集団で隠蔽して
知らん顔しているはずだ。

それでも罷り通るのが
日本の通例になっている。

女性の場合は、群れを「作らない」し

ある意味、女性は男性がやるように
群れを「作れない」。

割合、女性は日本でも実力主義だからだ。

男性のように
学閥や派閥で群れを作り

互いにコミュニティのなかで
守り合う構図は

女性には観えて来ない。

だからミスや過ちといった
部分に対する許容範囲が

女性に対しては極端に狭い気がする。

ちょっとした嘘が
命取りになるのは
当たり前だ!

と叫ぶ人が多いのだろうが

では訊くが
あなたは人生で
過ちを犯したことは
ただの一度もないのか?

これは女性蔑視ではないのか?

それとも

女性が男性より
はるかに優秀であることへの
さか恨みか?

女性の自由さへの
羨望の裏返しか?

小保方さんの時は
Natureという雑誌に
事実を詐称した、という
「疑い」によって

誰も言い訳は許さなかったと聞く。

でも、これは
私に言わせれば
「すり替えの論理」だった。

私のようなプラグマティスト
実利主義者に言わせると

自分たちの国、日本や
これからの世界の未来にとって

果たしてその発明や発見が
資するところがあるか?

の方が、詐称よりはるかに重要。

重箱の隅を楊枝でほじくるような
潔白さを主張しながら

結果的には
自分たちにとって
決定的に大事なことを

自ら放棄していないか?

ある意味、自殺行為を
みんなでしている気がするのだ。

よく人は国益、国益とのたまうが
見当違いが多いような気がする。

国益を考えるなら
もっと「一人の人」を大事にすべきだ。

その辺りの本質論が
決定的に欠落しているのではないか。

人を大事にすれば
その分だけ
社会に還元されるというのは

人生で得た教訓だ。

東京都で皆が選んだ首長に対して
選挙前に政治的な圧力に屈しているのは

ハッキリ言って選挙民の方じゃないのか?
情報操作の最たるものと言っても
いいんじゃないか?

都知事選における暴露本の裏で
人の尊厳を傷つけることが
ここまで許される時代になったことを

わたしたちは喜ぶべきだろうか。

そもそも、私は
自分がそんなに偉い人間ではない。

人の生きる道に
あれこれ言うのを

公人だからだ、と割り切って
本当に良いものだろうか。

公人にも尊厳はあるはずだ。

そんな思いを強くする世相に

これからの日本が
まさに下り坂を一途に
駆けおりていく姿が

見え隠れしているような気がするのだ。

この国はもっと
豊かになるはずだったし
なれるはずだ、と信じている。

だが、人の悪口ばかりを言う人達が
その口を「恥ずかしい」として
止めることができなくなった今

同じ日本人としては
この転落の様相をひとりで
止めることなど

できるわけもない。

人の悪口を言う、その口は
たとえそれが
「正義」だと言い張っても

全部自分に返ってくることを
誰からも
教わらなかったのだろうか。

できれば
新たなスタンダードを生み出せるように
豊かな時代を切り拓きたいものだ。

日本人どうしが
足の引っ張り合いをしている間に

どんどん世界の策略に
呑みこまれているというのに。

あなたも私も
これから中国語を学ばなければ
ならないかもしれない。

中国の自治区になるとしても
日本語だけで通るわけもないのだから。

日本人同志は
仲良くしてほしいものだ。

互いを蹴落としている間に
他国に国を乗っ取られる可能性は
充分にあるのだから。

アメリカの基地が例え
厚木や横須賀や沖縄にあるとしても。

もう詰将棋は
詰んでしまったかもしれないから。

そうならないことを祈るばかりだ。

とりあえず英語を勉強中のむーらんより

追伸:

私はコトワザとか
大の苦手なのだが
こういうのを漁夫の利と言うらしい。

内輪もめしている間に
誰かが実益を持って行く。

いつも私たちは
そうやって情報操作の波のなかで

損をする役回りらしい。

もういい加減にしたらよいのにね。

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